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2021/06/30

最近とある記事を見てなんかもやっとしたというか、他人事ながらそれはちょっとどうなの?って思いました。
先日AV男優の沢木和也さんが亡くなったそうですがその記事

で、私はこの方の名前を聞いてもピンときませんでした、もしかしたら、実は物凄く見ていたのかもしれませんが・・・・
それはおいといて、この記事によると高校一年生の一人息子がいるという事なのですが、お子さんは父親の仕事を知らないという事でした。
奥さんもお子さんが気付くまでいうつもりがないというスタンスだったようですし、野球部だったお子さんの応援も自身の素性がバレて息子に伝わらないようにグラウンドから離れた車の中から見守るなど徹底していたと書かれています。
それはそれで、いい話なのかもしれないですが、それならば武士の情けで記事にしてやるなよって思います。
しかも、写真付きの記事ってところに悪意さえ感じてしまいます。
子供が気付くまで何をやっているのか明かさないっていうスタンスを尊重するのなら写真を使わずに訃報の記事を掲載してもよかったと思うのですが・・・
本人が気づくまでと言っているのだから、もし、その記事見て調べて気づかれたのならば仕方ないとなると思いますが、それは写真付きの訃報記事で気付くのとは差があるような気がしてしまいます。
思うのですが、報道って例えば事件の被害者に関してもそこまで必要ないだろってところまでも掘り下げたりします。それに反して加害者側には人権に配慮してという名目で伏せられたりします。
一概に同じ括りで語れるものではないと思いますが、穿った見方をするとなんか根底に死人に口なしというか、なんかどうせもうなくなっているんだから何を書いてもいいんじゃないかっていうような思いがあるように感じてしまいます。
この沢木さんの件にしてもそういった事情があるのなら、例えいい話で売れるネタであってもそこは個人の意思を尊重して最低限にとどめておく配慮のある記事が書けなかったのかな?って思います。
自伝を出版する予定があったそうなので、詳しくはそちらにかかれていますでもよかったと思うのですが、どうなんでしょう?


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