見出し画像

何者でもない春

4月ですね。
同期のみんなのほとんどは明日から社会の人となって働き始めます。
かっこいいなあ、みんな。自分の役割を持っていて。
社会において、自分はこれをやるっていう役割があることって本当にかっこいい。
みんな「労働者へのカウントダウン」とか、「働くの嫌だあ」とか色々言っていたけど、どんなマインドで働いていたとしても、社会の一員として誰かのためになっているって本当にすごいことだと思う。
私は羨ましくて仕方がないのです。
私も早くそちらの側へ行きたいと焦り悩む日々です。


さて、就活です。
うまく行ってるんだか行ってないんだか、もうよくわからない。
自分が元気なのかどうかもよくわからない。
よくわからないことだらけです。

その会社に入ってみないと、実際に仕事をやってみないとわからないことが多すぎて、考える意味のあることがなんなのか、その分別がつかない。
2回目の就活のはずなのに、わからない。
こうやってわからないわからないと言っている間にも、後輩たちは就活を終わらせていくのです。


就活の何が嫌って、自分のだめさが浮き彫りになっていくことが本当にきつい。
選考に通るとか通らないとか関係なく。
面談したり、フィードバックもらったり、ES書いたり、会社受けたり、noteで就活関連の記事を読んだり、就活という一連の行為の中の、あらゆる瞬間、自分ってこういう人間なんだなっていうことが明らかになっていく。
自分のだめさを自覚して、打ちのめされて、とりあえず一旦自分を取り巻く全てのものから逃げ出して眠りたい、ひたすら眠っていたいという感情になります。

1年前にやったストレングスファインダーによると、私は「内省」の資質を持っているらしく、だからいろんな場面で、自分ってこうなんだな、こういうところあるなっていうことに、いちいち気がつきやすい。
ただ、「内省」の力が高くて良かった〜!と思えたことはないです。ただ自分のだめさを痛感して苦しいだけ。
「内省」って一体どういう時に役立つんですかね?
私が気が付いていないだけで、実は私を助けてくれているんですかね?
ずっとわからないので誰か教えて欲しいです。


ちなみに現時点で自覚している私の特性は、

・慎重。考えすぎ。決断が遅い。
・こだわりが強い。自分の中で納得しないと前に進めない。だから行動に移すのも遅い。
・頑固。選り好みする。意識しないと視野が狭くなる。
・あらゆることに期待しすぎ。勝手に期待値を上げて、現実とのギャップに苦しむ。
・打たれ弱い。些細なことですぐへこむ。

就活はマッチング、相性の問題だというけれど、こんなのとマッチングする企業って一体どんな企業なんだろうと、軽く絶望してます。
私が採用担当だったら絶対この人のこと採用したくないし。

とりあえず、悩む時間、考える時間が多いのはなんとかしたいと思ってる。自分が納得しないと前に進めないところも。
悩んだ後の行動がセットになってないから、私はいつまでもこんな調子なんだなって自分でも分かってます。
ただ悩んで考えてもしょうがない。考えた先に動かないと何も変わらないよなあって痛感してます。
私に足りていないのは動くこと。

いや、その前に、動いていないことを自覚することかもしれません。
今やっていることは、自分を前に動かしているのか、それとも何かやっている気がしているだけで実際には立ち止まっているのか。
今やっている「noteを書く」という行為は、圧倒的後者。
noteをかいても、就活が進むわけではないし、卒論も書き上がらないですから。
もっと自分の目の前にあるやるべきことを、確実に前に進めていくような「動く」をやっていかないといけないなあと思います。はあ…。


最近、「就活向いてないんじゃない?」って言われたんですけど、向いてないほど真剣にやってないな、というのが正直なところです。

本当に自分の醜い部分を晒しますけど、
休学して、人と違う決断をして(まあ今じゃ休学なんて珍しいことでもなんでもないんですけど)、すごく貴重な経験をさせてもらったからこそ、他の大学生と同じようにみられたくないっていう驕りが生まれているような気がします。
自分は何かが違うと思ってしまっている。
でも実際、私は世間から見れば、十分一般的な大学生だから。
そういう変なプライドを捨てて、自分はできるという前提も取っ払って、人並みに、いやそれ以上に努力していかないと本当はいけないはずなんです。

「わからない」と言い続けて、努力することを自分から止めている気がしてます。
就活における努力の仕方がわからない。
「わからないから努力できないのはしょうがない」と、自分を甘やかしているだけ。

心のどっかでなんとかなると思ってしまっている自分がいるけれど、このままだと、今までの延長線だと、なんとかならなさそうです。
何もしていないし、ただ考えているだけで、何一つ動けていないし。


よく言われることですが就活は手段です。
私は就活という手段を用いて、どうしたいのか。
なんのために就活をしているのか。
どうして復学して就活という選択肢を選んだのか。

社会の一員になりたい、自分の役割が欲しい、
自分の役割を全うすることでお金を稼ぎたい、
稼いだお金で自分の好きなことをしたい、
お世話になった人にお返しをしたい、
自立したい、自立した姿を家族に見せたい
これまで、周りの人に与えてもらうばかりの人生を過ごしてきたから、自分も社会に何かを与えられる人になりたい、
「誰かの役に立っている」という実感を得たい、
1人ではなくて、誰かと協力しないとできないようなことがしたい、
誰かとやらないとできないようなことをして、目の前のたった1人でもいいから人の気持ちを動かしたい


もし就活を諦めるなら、もう諦めてもしょうがないやと思えるくらいには努力したいものです。
就活のために努力するんじゃなくて、自分自身の未来のための努力。

よく考えれば、今しかがんばれる時ってないんじゃないかと。

ここでなあなあにやっていたら、これからの人生ずっとそういうふうに生きていくことになってしまいそう。うん、きっとそうなる。
過去の自分に甘えずに、ちゃんと現実みて、動いていかねば。
いかに自分を律することができるかが問われる、これからの3ヶ月な気がしてきました。

なんでもできる気がしていた中学生の頃の栄光、
自分は他の人とは違うんだという驕り、
努力しなくてもできるような気がしてしまう傲慢さ、
全部捨てて、まっさらな状態の自分で仕切り直していきたい所存です。

環境は万全に整っていて、あとは私の頑張り次第。
やるか、やらないかです。
試されているのだな、と思います。


頑張る頑張るって言って、本当にできるのか、
結局これまでのダメ人間の自分のままなんじゃないか、
というか就活どころか、卒論の期限までいよいよ3ヶ月を切ったけど本当に終わるのか、
とか、色々不安です。
結局1年経っても、同じように未来が不安です。

でも、こうやってうだうだしてても本当にしょうがないですね。
こんなnoteつらつら書いていないで、1秒でも早く今できることをしなければと、自分を必死に焦らせます。

早くみんなに追いつけるように、
社会の中の役割を手にできるように、
頑張りたいです。
柔らかに。朗らかに。


恐れ入ります。