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短編小説:性格修正液

【性格修正液】


 ドアベルの音が響く。そして小奇麗なワンピースを着た中年の女性が入ってきた。

「こちらで性格診断をしていただけると伺ったのですが」

 女性は部屋の中にいた白衣の男にチラシを見せた。

「ご来所いただきありがとうございます。私は性格診断所・所長の不破と申します。モニター募集で来てくださったんですね」

「本当に人の性格を調べて変えることができるのですか?」
「はい。髪の毛でも鼻水がついたティッシュでも、遺伝子情報があればすぐに性格診断書は作成できますよ。まずはお話をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 女性の話を要約すると。性格診断してほしいのは自分の息子で、いつでもどこでも四六時中『お喋り』をしているそうだ。何を話しているかも全くわからないし、うるさくて気が休まらない。学校でもその調子で先生からもお叱りの電話がくるとのことであった。

「それでは息子さんの性格診断書を作成した後に、お喋り癖に関連しそうな性格特性があればそれを『修正したい』ということでよろしいでしょうか?」

「はい」

「かしこまりました。それでは息子さんの遺伝子情報のあるものはお持ちですか?」

「昨晩、息子の爪を切りましたので」

「いいですね。ありがとうございます。診断書を作成しますので少々お待ちください」

 不破は女性から受け取った爪のかけらを持って別室に移動した。

 まもなく不破のデスクに置いてあったプリンターから1枚の紙が出てきた。不破が別室から戻ってきて、診断書を一瞥する。

「おまたせいたしました。こちらが息子さんの性格診断書となります」

 不破は女性にその紙を差し出した。息子の性格を現す言葉の中に『お喋り』という語句が確かに存在していた。

「そしてこちらが性格診断書専用の修正液になります。今回はモニター価格でのご提供ですので、1行分のみのお渡しになります」

 修正液を女性に手渡し、続けていった。

「今すぐ使ってみてもよろしいですか?」

「構いませんよ」

 女性はすぐに『お喋り』というところを修正液で消して『無口で物静か』と書き直した。

「後日、効果に対する簡単なアンケートにお答えいただくために、再度こちらからご連絡いたします。その時はよろしくお願いします」

 女性はモニター料金を支払い、上機嫌で性格診断所を後にした。


 後日。息子のお喋りを修正した女性が性格診断所にやってきた。息子の性格診断書を修正して帰っていった時とは、打って変わってお怒りモードである。

「これはこれは奥様。ご来所ありがとうございます。こちらからご連絡いたしましたのに。今日はどうされました?」

「どうしたもこうしたも、どうしてくれるたんですか!」と声を荒げた。

 よくよく話を聞いてみると、あのあと家に帰ると息子のお喋りはパタリとなくなり本当に無口で物静かな子どもになっていたそうだ。女性も最初はそのことに喜んだ。

 しかし徐々に息子の変化に不安を感じるようになっていった。お喋りがなくなったかわりに部屋に引きこもるようになったからである。無論、学校にも行かなくなったとか。

 そうまでして部屋で何をしているのかというと、誰にも読めないような文字で何かを延々と書き散らしたり大量に絵を描いたりしているらしい。彼が描いている絵というのがこれまた抽象画らしく、文字の内容とあわせて何をかいているのか尋ねても、無口になったことが災いして満足な答えは返ってこないのだそうだ。

「お喋りを修正したことによって他の行動に影響が出たと考えられます。修正自体はうまくいっているようですが」

 女性は憤慨しながら話し続けた。

「私は息子に普通の子として学校に通って勉強していい大学に行って欲しかったのであって、訳のわからないことを自分の部屋に引きこもってやり続けるような子どもになって欲しかったわけではありません!」

「とは申しましても――」

「とは申しましでもではありません!」

 女性は不破を怒鳴りつけ二の句を次ごうとしたとき

「お母さん」

 少年の声がした。

「健太……!」

 別室の扉の前に、女性の息子が立っていた。健太と呼ばれた少年は言う。

「お母さん、嫌い」

 女性は少年の言葉に顔をゆがませ、目に涙を溜めた。

「帰って」

 少年は淡々と言い放つ。

「ごめんなさい健太お母さんは健太のため」

 女性はすがるように言葉をつむいだ。しかし

「二度と口利かない」

 と少年は女性の言葉をばっさりと切り捨てた。少年の目は光り無く鋭かった。

 息子の目に絶望を見たのか。女性は力なくトボトボと診断所から出て行った。


「修正したね?」

 不破は少年に問いかける。

「『支配的でわがまま』を『従属的で臆病』にした」

 その答えを聞いて不破は微笑んだ。

「それじゃあ契約成立って事でいいかな?」

「いい」

 少年の性格が修正されたあと、少年は不破にコンタクトを取っていた。オンラインで面談を申し込み、ある契約を交わしていた。

 その契約の内容は、まず少年の母親の性格診断書を作成し、修正液を少年に渡すこと。

「君が描いた絵だけど、早速1億ドルで売れたよ。売り上げは全部、研究資金にしていいんだよね?」

「いい」

 性格診断書と修正液のモニター料金は少年が描いた絵を売却してお金で支払うこと。

「これ」

 少年は不破に1枚の紙を手渡す。

「できなかった」

「修正液で修正したところを再修正はできないか。わかった。ありがとう」

 そういって不破は先ほどの紙と1本のペンを少年に手渡した。

「このペンで診断書に『新しく性格』を書き込んで欲しい。内容は好きにしていいよ」

「わかった」

 少年の母親を性格診断書の実験体にすること。

「君が成分開発したペンがうまく使えるか楽しみだね!」

 少年自身もその実験の研究に参加することだった。


 不破は少年の性格診断書と一瞥したときに予感していたが、本人と話してみて確信した。

 彼は俗に言う『ギフテッド』だったのである。

 彼のお喋りの内容は現代の科学者が何十年と研究してもわからなかった自然科学や数学に対する答えだったからである。並みの知識しか持たない人間にとっては意味不明な言葉を並べ立てているようにしか聞こえまい。

 それはお喋りという性格特性を修正されたあとでも変わらなかった。母親に喋る行為が紙に書き付ける行為に変わっただけであった。

 お喋りが封印されることによって、お喋りで発散されていたエネルギーの矛先が今まで眠っていた彼の創作的で芸術家肌な一面に向かったのであろう。それが大量の抽象画を生み出す行為につながったと考えられる。

 これだけ多彩な天才を普通の枠にはめ込んでしまうのは勿体ない。いや、それを通り越して大罪であろうと不破は思った。ましてやそんな天才が自分の助手になろうというのは願ったりかなったりである。不破は少年に手を差し出した。

「これからよろしくね」

 少年は静かに頷き、不破の手を取った。

 少年の目は光輝いていた。


〈終〉


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