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-introduction-


いつだってそうだ。

目を覚ますと
そこは真っ暗で辺りに人の気配はなく、
しーんと静まり返って
己がその暗闇の中に同化していっているのではないか
と疑ってしまうほどである。

四方八方、どちらへ進んだらよいかわからず、
だがそこに留まってばかりもいられない。

足下に何か小さな箱のようなものがある気がして
ひょいとつまんでみた。
指先の感覚からすると、
それは果たしてマッチ箱のようである。

「とりあえず火を点そう」

そう思って、おもむろにマッチ棒を擦ってみた。

ボウッ と不意に明るい炎が現れる。

どこかで見たことがあるような気がするが、
その炎は青白かった。

自分の目の前にあるはずなのに、
気が遠くなるような眩い青い炎だった。
小さなゆらめきを象っていたが、
そう簡単には消えそうにない。

・・・

炎の恰好をよくよく眺めていると、
その中に一人の背の高い紳士の像が
浮かんでくるように思われた。

場所はどこかの街で
ランプによって照らされたレンガ造りの歩道だろうか。
紳士は落ち着いた雰囲気を身にまといながらも
何かを失ってしまった哀しさを有しているようであった。
左手には誰かに渡しそびれたのではないかという具合に
白いバラの花束を携えている。

少しの時間が経ってから
その紳士は近くの橋の真ん中にまで移動し、
欄干に身をもたせかけながら
じっと遠くを眺めるような姿勢でいるように見えた。

橋の下を流れている川の中には
魚が何匹か泳いでいるようで、
背中を青く光らせつつ
悠々とした調子でその身をくねらせていた。
ぱっと見ただけでは見逃してしまいそうな
肉厚なその姿は逞しさをも兼ね備えているようであった。

そうしたイメージが僅かな間
心を捉えたようであったが、
やがてその全体的な像は消えてしまい
また元のように暗闇の中で
青白い炎だけがこうこうと点っている。

・・・

「宇宙のはじまりは果たして
こんな感じだったのだろうか」

宇宙の起源はおろか天体の配置にさえ
暗いはずの自分が、
そんな風に思うのもおかしな気がした。

しかし、
その青い光は生命の滴を滾らせるようでいて
同時にすべてを包み込むような甘美さをも
取り込んでいるように映ったのである。


マッチ棒の先に点った小さな光は
たいまつのような媒介を必要とするまでもなく、
そのまま宙に広がっていくかのように
辺り一面を明るく照らすのであった。

足下の道らしきものは
相変わらず判然とはしない。

けれども、何かに導かれるように
自らの脚が動き始めたのである。

「その方向が正しいかどうかはわからない」

そのように感じてはみたものの、
とりあえず目の前の回路に
身をまかせることにした。

「正解は必ずしも一つではない」

そうした感覚そのものが浸透した足どりを
一つ一つ確かめながら
前に進んでいくしかないようである。


先行きはいつだって不透明で、
いまのような様相がしばらくの間は
続いていくように思われた。








以上

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