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ポストマージナル


この前の日曜日、
銀座に足を運んでみた。

僕は全然
銀座の街について
知らなかったようだ。

大通りは人であふれ返り、
外国人もたくさんいて、
喫茶店を探しても
どこも空いていない。

結局、1時間以上歩き回って
最終的に腰を落ち着けたのは、
裏路地の
古典的な建物の
2階だった。


最近というか
ずっと、
僕は「生きる」ことについて
考えている。

そして、
なんとなく
見えてきたものがある。

学生の時、
法学部に在籍していて
「日本の民法って優秀だな」
とふと思ったことがある。
バランスがいいというか
なんというか。

だけれども、
実社会においては
必ずしも”正義”が勝つとは限らない。

折り合いを付けること、
妥協点を見つけることが
求められるのである。

しかし、
それでも
こう思うのだ。

「自分が正しいと思ったことは、
やり続けなければならない」

それが「生きる」ということ
なのではないかと。

そして、
そのマインドを継ぐために
僕は今後
生きていかなければならない。

遺伝子は環境に応じて
進化する、
という説もある。

だとしたら、
地球規模で考えた場合
僕が正しいと思っている事柄が
どこかのだれかに
継承される可能性がある。

もし、僕に
市場価値がなくて
金を捻出することが
できなくなって、
「終わり」を迎えたとしたら、
少なくとも
いまの世の中に
受け入れられなかった
ということで、
もしかしたら
”正しく”なかったということに
なるのかもしれない。

だから、
いまの目標は
ただ「生きる」ことに
集中すること。

それなりに
証明してみせたい。


だって
ぼくは
人間だから。







以上

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