名前の由来

私の名前は「潤一」です。
次男だけど「潤一」。
昔、なんで「一」がついているのかと親に聞いたところ

最初は「潤」にするつもりだった。だけど苗字も併せて画数を見ると、あと1画ないと画数が悪いと言われたので「一」をつけた。
人生が潤って欲しくて、一生懸命考えた名前だ。

とのことでした。

画数占い(?)の結果追加されたもう1画。
この1画がどれくらい必要だったのか。
実際に人生で起こったことを思い出しながら振り返ってみましょう。

<小学生時代>
祖母の逝去をきっかけに父親が暴力を振るい始める。
ちなみに暴れるようになった原因は母親の不倫(父の友人)。

焼酎を呑んでは母親と喧嘩をし、星一徹ばりのちゃぶ台返し。
家がめちゃくちゃになってしまうと考えた私は外に出て「助けてー!」と叫ぶ。


「自殺する」と言っては近所の川に飛び込んだり、灯油を頭から被って火をつけようとするも、幼い私が泣きながら引き止める。

その一方、「殺してやる」との発言もあり、包丁や斧を振り回すこともある。
実際に小学6年生の時に包丁で胸を切られ、血だらけで近所の交番に母親と駆け込み、パトカーが3台ほど集まった。
駆け込んだ交番のお巡りさんが着替え中に拳銃を腰に巻いていた時、「あぁ、これでお父さんを撃ち殺してくれるんだ」と内心ほっとする。

しかし実際にそんなことはなく、最終的に「ご家庭の問題なので…」と言い残し、なんの対処もなく撤収。
私の傷も浅かったことから、母親は病院にも連れていかず自然治癒。
この傷は今も残っている。

<中学時代>
相変わらず父が暴れ続ける。
小学生時代とほとんど以下同文。

<高校時代>
高校1年の夏、母親の協力を得て母親名義でアパートを借り家出する。
しかしながら昔から貯めていたお金は直ぐに底をつき、半年程度で自宅に戻る。

実家に戻った後も相変わらず父は暴れている。

高校3年になり、一応進学校に進んでいた私は「このままではどこの大学にも行けない」と考え、学校に相談し、格安で下宿に入ることにする。
下宿での生活は平穏で最高であった。

<大学時代>
意地でも地元に残りたくなかった私は県外の大学を受験し、なんとか合格。
完全に地元と切り離された快適な生活を送る。

と、思っていたが現実は厳しく、学費の支援なし、仕送りなしでとにかくお金がなかったため、学校にはほぼ行かずにバイトに明け暮れる。
大学で付き合った彼女とほぼ同棲状態だったため、友達からは「ヒモ」と言われていた。大体合ってる。

とにかく体がしんどい大学生活だったため、意地でも4年で卒業してやるとの意気込みのもと、友人ネットワークを駆使してなんとか4年で大学を卒業し、東証1部上場企業で働くこととなる。

<社会人生活>
大学の生活がキツかったため、社会人の方が楽であった。
大きな会社だったため働くだけで結構な金額がもらえ、生活にゆとりができた。
仕事も順調でなんの問題もなかった。

しかし家族間の問題は続いた。
父親がお金を無心するようになる。
また、母親の住所も聞き出そうとしてくる(私が大学3年の時に母親は家を出た)。

「金は渡さん」
「母親の住所も知らん」

これでやり通していたところ、ある日の朝、義理の姉から「お父さんが死んだよ」と電話が入る。
自宅で首吊り自殺していた。
このときの自分の感情としてはびっくりしたがホッとしたと言ったところ。

とりあえず会社に報告をし、すぐに地元に帰った。
自宅に入ると父親は全身を布か毛布かでぐるぐる巻にされていた。
死後硬直が始まっていたため、棺桶に入れやすくするためらしい。
ちなみに自殺の原因は借金だった。
後から見つかった遺書にキャッシングやカードローンの残高が赤字で書かれていたのをはっきり覚えている。

まぁ死んじゃったし、葬式しないとということで、兄と2人で葬式の準備を進めるがここで邪魔が入る。

母親である。

父親の友人と不倫をして家出をした母親が葬式に行くと言い出した。
揉めるから絶対にダメと言ったがそれでは引き下がらないお馬鹿さんのため、何度も電話をかけてきたり葬儀場に来たりする。

「こっちもやること多くて忙しいから本当に勘弁してくれ」と伝えて帰らせたところ、数時間後に警察から連絡があった。

「お母さんが歩道橋のところで飛び降りようとして揉めてたから保護してます。お迎えに来てください」

行きました。お迎えに。
こんな内容で警察に行くのは初めてでしたよ。
もう経験したくないですね。

母親の監視にも限界があるため、兄と相談し精神科の病院を受診。
無事に(?)新鮮なリストカットの後も多数あったため、入院が必要との判断で入院させました。

父親の葬式&諸々の後片付けと母親の精神科病院入院を同時にこなしたあの頃のバイタリティーはすごいと思う。
もうやりたくない。
なぜなら、このことをきっかけに今度は私が双極性障害を発症。
現在も寛解と悪化を繰り返しながら生活をしておるわけです。

話は戻って名前の由来。
「一」がついたことでこの程度の人生でなんとか生きていられるのか。
「一」がついていたことでこんな波瀾万丈になったのか。
もう一人「潤一」がいたら比較検討したいですね。
多分あんまり変わんないと思うけど。

子どもがいい人生を送ることができるかどうかは親にかかってますよ。
画数なんか二の次。

名前に思いを込めるのは結構ですが、それ以外を大事に育ってていただきたいですね。

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