【FGO SS】時告げ鳥と夜半の月【二次創作】1/4

はじめに:注意/WARNING

・本エントリは、「Fate / Grand Order」(以下「原作」)を原作とし、同好者の間だけで楽しむために作られた二次創作です。原作者様、他関係者各位とは一切関係ありません。
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・要素として「なぎかお」を含みます。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
・また、歴史上解釈が異なる事項について、筆者独自の解釈を加え創作しています。よって、歴史的な事実と相違する可能性があります。予めご了承ください。
 
・本編は短編小説ですが、約26,000字のボリュームであり、noteの表示性質上、エントリを分割し記事を作成します。

■Chapter:01

 言葉は難しい。

 例えば、いつぞやのこと。偽らざる本心を伝えることが、必ずしも正しいことではない。確かに、その時は少し急かされていた気分だったし、本当に率直に心に浮かんだ言葉だったから、そうしたためた。言い訳がましく、「今すぐにでもそちらにお伺いしとう存じます」と私信まで別に記した。

 それでも伝わらなかった。実際にお会いした時の、あの一言。

「昨日のお返事、少しひどいのではなくて? あなたほどの方が、と大いに悪口の種になってしまったわ」

 見事に、失敗した。

 申し訳なさ。ふがいなさ。恥ずかしさ。苛立ち。ありとあらゆる負の感情が、心の中を駆け巡り、のたうちまわり、激しく打ち付けた。

 ああ、思いつきのあまり、なんて悪いことをしてしまったんだろう。当然心から謝ったし、反省もした。

 どうしてあの時、いつものように、即座に答えが出なかったのだろう。どうしてあの時、頭の中が真っ白になってしまったのだろう。思い返しても、答えは出ない。

 いっそ本心なんて、あの夜の帳に消えてしまえばよかったのだろうか。あるいは、言葉を発しなければよかったのだろうか。今から答えを探すこと自体に意味はない。もしいつかどこかで同じことがあったなら、次はまた違った結果になっただろうか。

 それでも――あれが、あの時の、素直な気持ち。

■Chapter:02

 アムールによる「ゴッド・ラブ」騒動から二、三日ほどが経過した人理保障機関カルデアの日々は、落ち着きを取り戻していた。各所各所に騒ぎの爪痕は残りつつも、各々が幾許かの平穏に浸り、または一時の休息を味わっていた。

 特に、数日前、気合いを入れ過ぎてしまった人間にとっては、なくてはならない安息日だっただろう。

「マスター、体調はいかがですか?」

 薄紫の髪をなびかせ問いかける小柄な少女の声に、ベッドからかぶりを振って、シーツを被り直す形で体調の不完全さをアピールした。身体の重さを自覚すると、うーん、全部手作りは無謀だったかなあ、と呻く。「マスター」藤丸立香はシーツを身体に巻きつけ直しながら、傍らに問いかけの目線を送った。そうですね、と少女、マシュ・キリエライトから、ぎこちなく笑みがこぼれる。彼女からしても、無謀、という部分を否定できなかった。

「でも、それはもう、皆さん大喜びでしたよ」

 人が喜ぶための行動に自体に苦痛はない。だから、どこまでも、どこまでも突き進んでしまう。生まれ持った性質を、本人も、傍らのパートナーも重々解っている。突き進んだ結果、気付かずに無理をして、その反動が来ることも含めて。

 カルデアには現在、およそ300を数える英霊――サーヴァントとの縁が結ばれている。ここにいるのが、その中心で英霊たちとの絆を一手に引き受ける人物だ、と言ったら、人々は信じるだろうか。それに加えて、「一人ひとりにチョコを渡す!」と決断し、相棒の手助けが期待できたとはいえ、作り、包み、届ける、というう野望を聞いたとしたら、人々は無理だ、無謀だ、と一笑に付すだろうか。

 少なくとも後世の記録には一切残らないであろう些末なことを、騒動の収束冷めやらぬ内に全力でやり遂げた。何も考えずに横たわる幸せに浸る余裕もない。今はただゆっくり――

 トン、トン、トン、トン。

 そんなささやかな願いを、か細いノックの音が遮った。ガラス細工を壊さないよう大切に飾るような、あるいは、ドアの向こうに怯えるような、そんな優しく柔らかいノックの音。その音の主は、この部屋がだんまりを決め込めば、存在ごと消えてしまうのではないか。そんな儚さを感じる、脆い音だった。

「すみません、マスター。お部屋に、いらっしゃいますか」

 声もか細く、しかし芯の通った、凛とした声。

「その声は……」

 マシュの声に思わず身体をひねり起きると、目を合わせ頷き合い、彼女が扉を開ける。見れば、扉の外の凛とした声の主が、目線を落とし、申し訳なさそうな表情で立っていた。

「紫式部さん、どうしましたか?」

「お疲れのところ、突然のお伺い、どうか、どうかお許しください、マスター」 

 声の主――紫式部と呼ばれた女性は、まず精一杯の平身低頭で言葉を絞り出した。艶やかな前髪が、悲痛な表情を少しだけ隠す。

 立香は大袈裟にかぶりを振ると、ちょうど話し相手を探してたんだ、と笑いかけ、それに同調するマシュが入室を促す。紫式部はおずおずと応じるとやっとのことで歩を進め、やはり遠慮がちに部屋の隅の椅子に腰掛けた。

「どうしたんですか? どうか遠慮なく、仰ってくださいね」

 マシュはそれだけ言うと、慣れた手つきでティーサーバーに茶葉を詰め始めた。鼻腔を深みのある香りが通り抜ける。カルデア内の図書館に足繁く通う彼女は、日ごろのお礼も兼ねて、図書館を切り盛りする司書に最大限のもてなしをする算段だ。

 一方の紫式部は、思い詰めた表情を崩さないまま、切り出し方を悩んでいるようだった。ティーサーバーにお湯を注ぐ音だけが、部屋の中にゆっくりと響く。

 ややあって、どうぞ、とマシュが来訪者に紅茶を差し出し、カタンと陶器の音が鳴る。それが合図となったのか、ようやく意を決したように、深く息を吸い込んだ。

「本当に、大したことではないのですが……探し物を、手伝っていただきたくて――」

 言葉すべてを聞き終わる前に、分かった行こう、と脊髄反射で答えた立香が立ち上がる。紫式部は何よりも先に、えっ、と声を漏らし、驚きの表情を浮かべた。紅茶を乗せていたトレーを両腕で抱えたまま微笑むマシュとは対照的だ。既に靴を履き替え、ジャケットを着込む立香を、慌てて静止する。

「あの、ありがとうございます、でも」

「ふふっ、そうですね。紫式部さんが急ぎでなければ、ですが……、マスターも、紅茶を飲んでからではいかがですか。私なりに、頑張って淹れましたので」

 確かに、マシュの紅茶は格別だよ、と悪戯っぽい笑みを浮かべる立香の目の前に、マシュはそっとティーカップを置く。ありがとう、と屈託なく笑う立香。そんな二人を、紫式部は半ば呆然とした表情で見やる。眼前に置かれたティーカップから立ち込める湯気が、二人の影をぼやけさせる。先ほどからの穏やかな視線のまま、マシュは依頼主に声を掛けた。

「それで、探し物は一体何ですか?」

 、今までの会話の展開が早過ぎて感情が追いついていない紫式部が尋ねられて初めて、ようやく、有難さと申し訳なさが同居した、複雑な感情が芽生えた。再び、深く、深く頭を垂れる。ダージリンの柔らかい香りが、彼女の額を微かに濡らす。

「ありがとうございます……! 実は……」

 彼女はティーカップを両手で丁寧に持ち身体の側に引き寄せると、つい数十分前の出来事をぽつりぽつりと語り始めた。紅茶の水面に映る自分の顔は、湯気で見えなかった。

■chapter:03

「はいっ!」

 威勢のいい声と共に、赤子の掌ほどの大きさのカードが数枚、宙を舞った。

「お見事、今のはジャックさんのもの、ですね」

「えへへ、やったあ」

 カルデア内の図書館には、「子供専用」のスペースがある。そこを今まさに子供――全員が英霊に違いないが――が占拠していた。なにやら、床に大量のカードをばら撒いて、4人の子供がそれを囲んで和気藹々と遊んでいる。

「もう、今の歌(おはなし)は覚えていなかったわ」

 子供の一人、ナーサリー・ライムが笑顔のまま悔しがった。残りの二人――金髪の少女たちは、しゃがみ込み、床のカードを睨みつけたまま右手を宙でくるくると回している。

「このゲーム、たのしいね!」

 ポイントゲットに浮かれているジャック・ザ・リッパーがカードを手に呼び掛ける。その先には、同じサイズのカードの束を携え微笑む紫式部がいた。そんな態度が気に入らないのか、髪飾りを付けた金髪の女の子が、容赦なく苛立ちをぶつける。

「紫式部さん! 次、早くしてください!」

「はい、わかりました。では次の札を」

 あくまでたおやかに、紫式部は語りかける。一呼吸置くと、深く息を吸い、朗々と言葉を発する。

「君がため 春の野にーー」

「あら、これかしら?」

 きょろきょろと視線を動かす三人を横目に、余裕の表情で札の一枚を抑え、ナーサリーが微笑んだ。紫式部も笑みを返す。

「早速歌を覚えたんですね。流石ですね」

「うわぁー」

 傍で降参の表情を浮かべながら、帽子を被った金髪の子供、バニヤンが仰向けに倒れ込んだ。

「最後まで聞かないと、分からないよ」

「ふふ、そうね。バニヤンも、頑張って覚えましょう?」

 あくまで屈託なく笑うナーサリー・ライムに悪意はないが、どこかに意地の悪さを感じたのか、バニヤンは膨れ面で返した。それにしても、とナーサリーは続ける。

「ポルトガルでいう「カルタ」、東洋では歌を合わせているのね! 素敵な組み合わせだわ」

「歌……そうですね、西洋の基準からすれば「詩」といったほうがいいかもしれませんが、それもごく短いものですね」

 なるほどさもありなん、といった表情で、髪飾りの少女、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィが続ける。紫式部は彼女らが興味を覚えたことに満足したのか、やや紅潮した表情で語りだす。

「日本では古来より、三十一文字(みそひともじ)――ええと、三十一音節、といったほうが適切でしょうか。その限られた文字の中に、思いを紡いできたのですよ。この図書館にも、そうした日本古来の歌集を多く取り揃えています」

「三十一音節とは短いですね。それぐらいの長さなら、私にも、その、作ったりできるでしょうか……? でも、古代日本の文字を使うんですよね……?」

 リリィの期待と不安の入り混じった眼差しを、大丈夫です、と平安の名作家は優しく受け止めた。

「歌を詠む会、歌会は、若い方も多く集っておりました。……そうですね、今度、和歌にゆかりのある皆様を集めて、詠み方をご教示いただく機会でも、設けましょうか」

 紫式部はそう言ってリリィの頭をそっと撫でた。不安交じりだった彼女の表情が、一気に明るくなる。

「ねえねえ紫式部、次、早くしてよ! 次は絶対、ぜぇぇったい取るんだから!」

 見れば、いつの間にか復活したバニヤンが腕をまくり、臨戦態勢で鼻息も荒く札の前に向かっている。よーし、負けないぞ、と他の面々も札に群がっていく。

 では次を、と言いかけ――不意に、紫式部の手が止まる。

「……? どうしたの?」

 ジャックが一足先に、つられて他の子どもたちも、無垢な表情で一斉に紫式部を見た。俯き加減で髪が目元を隠してしまい、泣いているようにも、あるいは笑いをこらえているようにも見える。子供たちが不思議がっていると、すみません、と謝り、咳払いをして、

「では、詠みます。m――」

 気を取り直し、呼吸を整え、一文字目を読み始めた、その刹那。

「はいはいはいはーーーーーーーーーーーーーーーーい! ゲットだぜーーーーーーーーーーー!」

 絶叫。衝撃。

 どーん、と漫画のようなけたたましい音とともに、子供部屋に砂塵が舞った。

「きゃあ?」

 衝撃で吹っ飛んだ紫式部は着地寸前に受け身を取り、こめかみを抑えつつ即座に立ち上がる。あまりの一瞬の出来事に、周囲が見えない。埃が舞っているのか、自分の目が眩んでいるのか、あるいはその両方か。

 落ち着いて。自らを律し、呼吸を整え、認識。あの瞬間、何かが有無を言わせぬスピードで突っ込んできて、子供たちのいる場所を薙ぎ払い、そのまま書棚へ突っ込んだ――子供たちの、場所へ?

「……皆さん!? 大丈夫ですか!?」

 平衡感覚を取り戻すやいなや、子供たちがいた場所へ駆け出す。どうやら子供たちは無事で、どちらかというと瞬間の出来事に茫然としている、という表情で足を投げ出し、あるいは尻もちをついていた。4人の無事を確認し、思わず深い安堵の溜息が出る。呆気にとられた表情で、子供たちのうち二人が、言葉もなく、埃の向こう側を指さしている。

 埃の霧が晴れると、カウンター横の書棚に、顔面から突っ込んだまま震える人影が目に付いた。鮮やかな黒、青、桃色のスリートーンの髪が特徴的だが、埃で汚れ、また絵に描いたように不格好なポーズで突っ込んでいて、残念なことにまるで絵にならない。

 と、思ったが。

「とーぅ!」

 その人影は、次の瞬間には書棚から華麗に脱出。はっはー、と屈託なく笑っていた。少しばかりむせているが、本人の名誉のために指摘しないでおこう。

「なぎこ……さん……?」

「いえーい、かおるっち、そしてちゃんかわのみんな! 今日も元気してるぅー? なぎこさんはいつでもどこでもいとをかし! イェーイ!」

 見れば子供たちは、突如現れた人影、もとい清少納言に駆け寄ると、なぎこ! なぎこきた! これで勝つる! と興奮気味に愛称を連呼した。苦しゅうない苦しゅうない、と意味もなく自信に満ちた表情で子供たちの勢いを制すると、徐にこう言った。

「突然ですが、なぎこスイーツ・タイムです! 春は揚げ物、夏は蕎麦、月見蕎麦は更なり、ざるもなお! まあとにかく美味しいものが食べたい! 諸君の協力を求ーむ! ウェイウェイ!」

 きっと誰が聞いてもまったく意味が分からない単語の羅列に、それでも子供たちはウェイウェイ、と盛り上がった。何? 何をすればいいの?と子供の誰かが聞くと、その場で全員がしゃがみ込み、周囲に人がいないにもかかわらず、ひそひそ話を始める。

「あの……、なぎこさん……?」

 唯一状況に取り残された紫式部はしどろもどろ、急な来訪者に問いかけるが、その声は届いていないのか、あるいは作戦会議(?)に夢中なのか、反応はない。

 やがて、謎のブリーフィングが終わると、全員が規律良く立ち上がった。

「というわけで計画開始(ミッションスタート)だぞみんなぁー! 全軍、進めぇー!」

 号令がかかるや否や、きゃぁぁぁぁぁぁ、という黄色い声とともに、頭領と子分達は嵐のようなけたたましさで、まさに戦馬のように図書館の門から出走した。

 彼女らがいた場所には、蔵書の一部と札が散乱し乱雑になった室内と、ぽつんと取り残された紫式部だけがあった。あまりの急展開に思考も感情も追い付かず、しばし荒らされた床を見て呆然としていたが、数刻の後にはっ、として、行うべきことの順列を付け始めた。まずは片付けだ。

「まったくもう……。これだから、あの方は……」

 カルデアでも有数の温厚さを誇る彼女は、他者を攻撃する性格からは程遠い。それでも思わず、溜息とともに主犯の品格を嘆く。それでも片付けを黙々とこなしているうち、怒りはいつしか喉元を過ぎた。埃を払い、本を元の場所に納める。ああ、そういえば札を取って遊んでいたのでしたね、と札を集め――

 九十九枚。一枚、足りない。

「いえ、そんなはずは……」

 慌てて司書室のテーブルに並べ、数え直す。手慣れた手つきで札を並べ、ひい、ふう、みい、と数え――

 やはり一枚、足りない。取り札のほうか。

「仕方、ありませんね」

 ないものは仕方がない、とあえて口に出し、腰を落とす。しかし――わざわざ口に出したのは、言い得ない焦燥感を感じていたからに他ならない。札が一枚、足りないだけ。純然たる事実だし、なければどうということもなく、遊ぶ際も、該当する読み札を飛ばせばいい。百が九十九になっても、子供たちの素敵な時間が台無しになったりはしない。

「――それでも」

 結果、彼女はその焦燥感に打ち克つことが、どうしてもできなかった。

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