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天国からの祖母の「声」

あーあ、カード書いたら良かったな。

実家で姉の誕生日祝いをした日。帰りにそう呟きました。

食事の前に会話の流れから姉の部屋に行く事になりました。その時、部屋に飾られていた、祖母が描いた「椰子の実の絵」を久しぶりに見つけました。

私の大好きな祖母は絵を習っていました。祖父が亡くなってから10年以上、一人で生活をしていたので、東京公演中は祖母の家に行って、休演日や千秋楽後の合間のお休みに一緒に美術館に行ったりもしました。人様の迷惑になりたくないと、いつも言っていた祖母は自分のお葬式の打ち合わせを牧師様とするからと、一緒に教会に行った事もありました。

「私に出来るのはこれ位だから」と言いながら…

私はそんな祖母をとても尊敬していました。何も言わず淡々日常をこなす佇まいの中に、とてつもない優しさと強さを感じていました。90歳を過ぎて体調を崩しがちになり、夏の公演中に亡くなりました。とても静かに、息を引き取りました。丁度、水曜日の休演日に重なりお別れを言いに行けたのを覚えています。組長だったので幹部部屋の3人に告げて、東京に向かいました。確か「All FOR ONE」公演中でした。帰った日の次の日、公演していた時になっちゃんが「大丈夫ですか?」と袖で声をかけてくれて、「大丈夫。一回目は何しているのか良く分からなかった。」と答えたのを覚えています。元気そうに何事も無かった様に振舞おうとして心と身体がバラバラになっていたのを、なっちゃんが気遣ってくれたのだと思います。


私「懐かしいねぇ。これ手紙になってるんだっけ?」

姉「そうだよ。私暇な時に解読してん。」
姉は一つ一つの椰子の実語を読み上げてくれました。

「やしのみからあなたへ
あれからいちねんはん。
かたちがかわりました。
もようやしわがでてきました。
これからもたのしんでくださいね。
いつもそばにいますから。」

祖母は椰子の実を誰かから譲り受けて、一年半水に浸けていたそうです。段々とシワが出て来て、そのシワを文字にして椰子の実と椰子の実語の手紙を描いた様です。

姉が祖母の家に泊まりに行った日に、祖母がその絵を姉に見せて、「これどう思う?」と尋ねられたそうです。その時の事を覚えていた姉は祖母が亡くなった後、その絵が欲しいと言って送ってもらいました。姉が言うには「私の事を心配してこの絵を見せたんだと思う」と。この絵は、これからもずっと姉を見守り励ましていくのだと思います。

優しさとはなんでしょう?「私に出来るのはこれ位だから」と言っていた祖母の優しさは、今も姉と私の心に深く刻まれています。

おばあちゃんに会いたいなぁ…

すーさん

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