サバニチャレンジ

ニヌハ2号

はっきりと言えるのは、私はこの「サバニ」という船の魅力に完全にやられてしまっているということ。

沖縄の伝統的な船「サバニ」との出会いはもう27年も前だったと思う。当時ダイビングのインストラクターになるための勉強中、沖縄の慶良間諸島に来る機会があった、そこで地元の人からこんな話を聞いたのだ。「沖縄にはサバニという船があって、とにかく高性能だ、波にも強く帆を張って遠くまで行くこともできる。時化た時にはわざと船をひっくり返し、嵐をやり過ごすことだってした。」

しかし、その頃は実はサバニにとってはあまりいい状況ではなく、どんどんFRPのモーターボートに取って代わられ、時代遅れの代物として見向きもされないものになっていた。だからこの時「サバニ」という言葉を聞いたことは聞いたのだが、実物を見たわけでもなく、もちろん乗ってみたわけでもなかった。

それから15年後、結局私は沖縄に移住することにり、最初にサバニの話を聞いた座間味島のお隣の渡嘉敷島に暮らすようになった。
移住までの15年は、年に数回ゲストを連れて沖縄を訪れ、ダイビングをすることを続けていたが「サバニ」に対しては特別なアクションはしてこなかった。忘れているわけではないが、特別な出会いや新しい発見もない、ただ聞き齧りの知識がある、という程度のものだったのだと思う。

沖縄に住むようになると、急にいわゆる「沖縄らしいもの」が気になってき始めた。オリオンビール、各種チャンプルー、かりゆしウェア、サーターアンダーギー、空き地で飼われているヤギ、赤瓦の家や方言などにも興味を持つようになった。
たまたま移住した先が那覇と違って沖縄らしさが残る離島だったのも関係があるかもしれない。
島に住んでみて周りをよくみてみると、港にも既に乗らなくなったサバニが置かれていたり、サバニにエンジンを乗せFRPで補強を施した「エンジンサバニ」という船も何艇か置かれていることがわかった。しかしどの船も現役を退いた感じだったこともあり、またチラッとみる程度でしかなかった。
そんなことで私はサバニに再会した。正確にいうと実際に見たのは初めてだったので再会という言葉はふさわしくないかもしれないが、自分の感覚的には「再会」でいいと思っている。

2019年6月 やっと決定的なサバニとの出会いを迎えることになった。
実は2000年ごろから例の座間味島から那覇までの約40kmを舞台にした「サバニ帆漕レース」というのが行われていて、話には聞いていたのだが残念ながら渡嘉敷に出場するようなチームがなかったこともあり、現実的な話ではないと思っていたのだが、この年「島の船が乗り手を募集している」という話が耳に入ってきた。
幸い子どもの保護者同士でもあるので当日も乗せてもらえることになった。

この「サバニレース出場」は衝撃的だった。
前夜祭の雰囲気は、独特な感じがした。楽しいというだけでなくレース前日の高ぶりのようなものも感じるし、久しぶりに集まる仲間同士の空気感も感じられる。
サバニが失われていく危機感からレースが始まったことや、地元の中学生のチームが結構強いこと、乗り手、漕ぎ手はこのレースに参加するために沖縄だけでなく、全国から集まってきていることなどをこの前夜祭で聞いた。

そして当日、ビーチに並ぶサバニを見た時、また改めてこの世界観を感じその中に入っていることが楽しく感じられた。

スタート前ビーチに並ぶサバニとリラックスした雰囲気の出場者

しかし私が更に「サバニ」に魅せられていったのはレースがスタートしてからだった。
操船に大きな役割を果たすのは、帆と舵の扱いをする一番後ろに座るトゥムヌイと帆の上げ下げなどを担当する一番前に乗る人。あとは漕ぎ手となるわけだが(初乗船の私はもちろんここ)南からの風のコンディションが良かったこの日は、素人が漕ぐより帆に風を受けて進んだ方が効率がいいくらいだった。
実際これが良かった。慶良間の青い海の上を風の力を受けてどんどん進んでいく感覚や、船体が水を切っていく音しか聞こえないこと。つまりエンジン付きのボートでは感じられない感じが特別だった。
そして普段なら定期船で移動する距離を、こんな小さな船でしかも人の力だけで進んでいっている状況が、今まで見聞きしていたサバニにまつわるいろんな話を思い起こさせ、どっぷりと世界にはまっていくことができた。

結局、残念ながらレースはゴールまであとわずかの地点で船に大きな不具合が出て航行不能となりリタイヤとなったのだが、この本当に気持ちの良かった海の上での体験が、私がサバニにのめり込んでいくスイッチを押すことになったのだと思う。

この後、糸満から久米島まで航海するサバニが渡嘉敷に寄港した時に子どもたちが乗船させてもらうという機会があったり、
アドベンチャーツーリズムコーディネーター研修の課題に「サバニ アイランドホッピング」という仮想ツアーを作ったり、(この時は2位を獲得)
座間味のサバニチーム「島童」さんに協力していただいて宿泊型のサバニツアーを作ったりと、とにかく自分がサバニに関わり続けることにこだわってきた。

このように「私はサバニがやりたいんだ。」という空気を常に周囲に出しながらいたことが、その後本当に最高の縁を引き寄せることにつながった。

続く

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