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【ショートショート】会話

ヒロシが玄関ドアに手をかけたとき、夕飯の献立がわかった。
「ただいま。外までカレーのいい香りがしてたよ。」
「おかえりなさい。もうすぐできるからちょっと待ってて。」
ヒロシは帰ってきてから、まず真っ先に靴下を脱いだ。それから部屋着に着替え、テレビをつける。最近はどのテレビ局もつまらなくなってきているので、ニュースばかり見ている。ヒロシはテレビをつけたが、それを見ずにカレーの準備を手伝う。
まもなく、テーブルにカレーが用意され、2人は席についた。
「実は今日さ、来年度の異動が決まった。」
「へぇ、どこの部署?」
「商品開発だってさ。『なんで俺が?』って思ったよ。」
「でも前から、今の部署の文句ばっかり言ってたじゃん。」
マユミは、スプーンに乗せたカレーを冷ましながら答えた。
「まぁそうなんだけどさぁ。けど今度行く部署にもめんどうな人がいるって噂なんだよ。うまくやっていけるかなぁ。」
「めんどうな人って、どんな人なの?」
「なんて言ってたかな、、、まぁとにかく、今よりも大変になりそうで憂鬱だよ。」
「ヒロくんなら大丈夫でしょ。」
マユミはカレーを食べる手を止め、続けた。
「それより今度、友人の結婚式に行こうと思ってるの。」
「そりゃおめでたい。大学の友達?」
「ううん、高校の友達。」
「そうか。お、今日のカレーは一段とうまい。」
と、ヒロシは急ぐようにカレーを口に放り込む。
「高校時代は彼氏をとっかえひっかえしてた子だから、まさか結婚できるとは思わなかった。今週末にはご祝儀とか、ドレスコードとか準備しないと。」
「大人になったってことなのかねぇ。俺の友達なんて誰も結婚してないよ、もう30過ぎてるのに。いい出会いがないんだと。」
「ふーん。それより、冷める前に食べちゃお。」
そのとき、テレビのニュースが耳に入ってきた。
『続いてのニュースです。今日午後4時頃、〇〇県□□市の中学2年の男子生徒が、中学校の屋上から落下し、死亡しました。自殺のようです。警察は自殺の原因を、、、』
「最近は子供の自殺が増えてるよなぁ。やっぱいじめかね。俺も中学で一時期いじめられてて、そのときは死ぬことも考えたなぁ。」
「両親は子供の悩みに気づいてあげられなかったのかしら。そういえば、わたしのお母さんは、よくわたしの話を聞いてくれてたな。」
「家族の話をしっかり聞いてあげないと、親として失格だよな。」
「そうね。もし子供が生まれたらどんなことでも聞いてあげるわ。」
そう言って、マユミはぬるくなったカレーをすくった。
「さっきの話だけど、商品開発ってどっちかというと理系の仕事なのにさ、文系の俺が行ったって役に立たないと思うんだよね。しかも理系の人たちって理屈っぽいし、俺とそりが合う気がしない。」
「ヒロくんは誰とでも話せる人だから、きっと平気よ。」
「そうかなぁ。」
「そんなことより、週末にご祝儀袋とドレスコードを買いに行きたいんだけど。」
「ドレスコードはレンタルでいいんじゃないか?」
「でもまた着るかもしれないし、んーどうしよう。」
「まぁ買い物に行ったとき考えればいいんじゃないか?あ、俺も異動するから菓子折りかなにか買わないと。とにかく第一印象が重要だから、新しい部署には高級なお菓子でも買って、、、」

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