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読書リハビリ:寄席育ち

六代目三遊亭圓生が半生を振り返った「寄席育ち」をついに読んだ。
岩波現代文庫にて刊行された、六代目圓生コレクションというシリーズの1冊。
三遊亭圓生がその半生を語り、それは同時に明治、大正、昭和の寄席界隈の歴史も語ることになっている。

三遊亭圓生の語り口

この本の特徴的なところはその語り口。
三遊亭圓生その人が話しているものがそのまま文章になっている。
名作の落語音源「圓生百席」に入っている芸談を聴いたことがある人なら、すぐにわかるあの語り口だった。

さて、そうなると、著者は三遊亭圓生であるけれど、本人がそのように書き上げたとは考えにくい。
あとがきによると、編集者山本進が三遊亭圓生から聞き取り書き上げたという。

近頃はやりのドキュメンタリーとというところが丁度いいのではないかと思った。
それで、まず生い立ちから順を追って、師匠に話して貰ったのを録音テープにとって、その口調のまま原稿にした。
これがつまりラッシュのフィルムである。それを時代が前後しているところはつなぎかえたり、ところどころに、師匠所蔵の昔のパンフレットからの抜すいなどを、いわば実写フィルムとして挿入したりして、脈略をつけた。

三遊亭圓生「寄席育ち」あとがき

文庫版あとがきにはさらに詳細があった。

そのやり方だが、こちらの方では初めに、喋ってほしいことを箇条書きにまとめて渡しておく、そうすると師匠の方では、話の起承転結やつながりを考えてまとめやすいように吹き込んでくれる。

三遊亭圓生「寄席育ち」岩波現代文庫版あとがき

なるほど、納得。
独特の語り口はそのままに、それでいて読みやすくなっているのはそういった作り方によるのかもしれない。

寄席育ち

内容はそれぞれの時代ごと、そして芸談や芸人についての話をまとめた部分で構成されている。
それぞれで印象に残ったところを少し紹介します。

明治編

生い立ちから、寄席に入るまで
東京へ移住、往時の新宿、子供義太夫から落語家へ、落語研究会の話などなど。

圓生がまだ圓童と名乗っていた時代、幼い頃、明治の出来事を事細かに語っている。
そこは落語家だから普通の記憶力ではないのかと感心しつつ
文章で読んでも情景が浮かぶようで、さすがは名人。

特に印象的だったのは明治の終わりについての記述

夜明け近くに、泣いている声がするんでひょッと眼がさめた。すると号外が来たんでしょうか、先代と、おふくろが二人で声を出して泣いている。
あたくしがびっくりして「どうしたの」って聞くと、「陛下がおなくなりになった」と言う・・・・・

三遊亭圓生「寄席育ち」

当たり前ではあるのだけど、明治から大正へという歴史の話に立ち会っているんですね。
そして天皇陛下が今よりずっと特別な存在であったのだ。

大正編

名人圓喬の話、結婚、品川の師匠の死去、関東大震災などの話。
大正12年の関東大震災も経験し、大正13年には睦会と落語協会の分裂も経験する。そのころ父親が圓生を継ぎ、自身は圓蔵に。

寄席そのものを購入していたという話は興味深かった。オーナーであり、演者でもある。
大震災では思ったよりも被害が少なく済んだのは東京でも下町の方に住んでいなかったからというのもあるのだろう。

昭和編

青山三光亭、先代の死去、圓生襲名、満州慰問、引き揚げまでの話、戦後の話など。
先代の死去を経て、昭和16年に六代目三遊亭圓生に。
その翌年には母親も死去、そして東京に初めての空襲がある。
戦争がいよいよ身近になってくるころの話。

個人的には一番楽しみにしていたのが、満州時代。
昭和20年、三遊亭圓生は古今亭志ん生と満州へ慰問に行きます。
東京は空襲が続いて稼ぎも減ってしまい、いっそのこと慰問に周った方が安定したお金が貰えるということのようでした。
この辺りは大河ドラマ「いだてん」でもやっていましたが、細かい話はどうだったのだろうと気になっていたのです。
昔、古今亭志ん生の「なめくじ艦隊」でも満州での生活を読んだので、三遊亭圓生側の話も知りたかった。
結果として、ぼくが上記2作を経ていたのもあり、あまり新しい話などは見当たらずでした。
あとは井上ひさしの「円生と志ん生」を確認すれば多角的に理解できそうだなと思っています。

芸談編

芸に関するあれこれ。
三遊亭圓生の芸談なら耳を傾けざるを得ない。

いけないって注意されて、自分で腑に落ちない時は、なにも取ッ替える必要はないが、なるほどという急所をつかれた時は、前座に言われようと弟子に言われようと、すぐに直すべきもんだと思う。

三遊亭圓生「寄席育ち」

この話は「寄席育ち」に何度か出てくる。
圓喬が香盤が下のものに噺の間違いを指摘されて礼を言うところ。
4代目の柳家小さんに圓生が指摘をするところ。
そして「寄席育ち」の編集者に指摘されて圓生自身が礼を言うエピソード。
相手が誰であろうと指摘が正しければ礼を言って改善する。
名人にそう言われると、あらためてかくありたいと思うものです。

列伝編

ここはこれまでに登場した落語家(名跡)を中心に紹介していくもの。
当然ながら発売当時なので、当代であってもかなり古かったりする。
ここにでてくるような名跡が現在ではあまり継がれていないことも少し残念に感じた。

感想

寄席育ちの印象は、長かった。
でも、圓生百席の芸談を聞いた経験がある人ならば、読んでいるとずっと圓生が語ってくれているようで、その長さも感じません。
なによりその語りを感じられるような文章に仕上げているのがすごいところでした。
六代目圓生コレクションはあと3冊あるので、それもまたいずれ。

あと言っておきたいことは岩波現代文庫は紙質がいい。


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