#8リーダーの易経 「兆し」を察知する力をきたえる
前回の投稿に続き、易経の持つ普遍的な原理原則、そしてリーダーとして将来活躍する為の準備を行っている自分に必要な書ということで手に取ってみました。本書は、個人の成長過程がどのように偏移してくのか、さらには国や社会組織がどのような条件を満たすと繁栄、もしくは衰退するのかというテーマを龍の物語を通して語りかける易経冒頭の箇所を中心に解説しています。何故龍かというと、龍は王様の例えです。地に潜む龍が志をたて、修養を重ね、大空を舞う飛龍となり、やがて力が衰えていくまでの物語に準え、天下を治めるリーダーへの成長を描いております。成長過程を読むことで、自らを顧みて、日々精進していくこと、実践していくことを忘れずに1日1日を充実させていければと思います。こちらに各龍の発展段階と、その話に付随して心の琴線に触れた言葉を記録しておこうと思います。
第一段階 潜龍 ー 志を打ち立て修養に励む
潜龍とは龍の能力を秘めてはいても、まだ時を得ず、力もなく、世の中に洗われることができない龍のこと。もし自分が、もしくは相手が潜龍の段階であるなら、焦って世に出すような事をしてはいけないと説いています。潜龍の状況は例えるなら冬の時代。焦らず自身の内面を充実させて春になるのをじっと待つことを勧めています。
また、この時代は不遇な下積みの時代とも言えます。しかし、易経は、無視されても、悶々とすることがあっても、一番大切なことは、確固としてそれ抜くべからざなるなりと教えています。全ては志から始まるため、しっかりと志を打ち立て、修養に励むよう説いているのです。
第二段階 見龍 ー 師となる人物に見習う
隠れていた龍が時を得て地上に現れ、次の段階の見龍になります。世の中が見える段階です。大人を見るによろし。将来伸びるかもしれないと可能性を見出してくれた大人によって地上に引き上げられた龍は、この段階では徹底的に基本の型を学ぶ時代です。尊敬する大人の方を一心不乱に真似て自分のものにする時代です。
第三段階 乾惕 ー 失敗に学び、日進月歩する
師となる人物から技を学ぶ時代から、自分で技を生み出す段階に進みます。
君子終日乾乾、夕べに惕若たり。あやうけれども咎なし。
果敢に進んで失敗に学ぶ。進みすぎることがあっても、しっかりと反省をして顧みれば行き過ぎた事はないと言っています。多くのことができるようになってきたものの、まだまだ不安がある時期だという風に説いていますが、恐怖心、不安はあっていいのです。恐怖があっても前に進むから勇気というのです。不安も一緒に抱えて前に進み、もちる力を全部発揮して思いきりやる事が大事だと教えています。
また、乾惕の段階ではうまくいっても立ち止まり反省する癖をつけたい。業績が上がったとき、褒められた時こそ立ち止まって、危ないことはなかったか、気をつけなければならないことはなかったかと考える。これが最終的に飛龍になり皆を導く際に、正しい方向へと導く際に欠かせない能力になってきます。
第四段階 躍龍 ー 飛躍の「機」を捉える
或いは踊りて淵に在り。咎なし。
前章の乾惕では、一日中、やり過ぎるくらい積極果敢に進み、夜は恐るほど顧みることをしなさいと教えていました。しかしこの段階の龍は、スケールの違うダイナミックな動きが加わります。飛龍にも近い躍龍の段階では、あたかも飛龍のように舞い上がり力を発揮し、ある時は淵に戻って潜龍の時にいた淵に立ち帰り志を振り返りなさいと教えています。躍龍には、すでに飛龍並の実力が整っています。次の段階に進むには、機を観る能力が必要になってきます。実力だけてなく、条件がととなった好機会を捉え、間髪を入れずにそれを成し遂げる力が必要と説いています。
また、社会的な地位が上がれば上がるほど、志を曲げた方が行きやすくなります。その様な時こそ、自分が打ち立てた志に立ち返り、深く屈んで次の跳躍につなげることが必要です。謙虚で純粋な気持ちに立ち返らなければなりません。
第五段階 飛龍 ー 雲を呼び、雨を降らす
飛龍天に在り。大人を見るに利ろし。
龍は本来めでたい生き物、雲をよび、恵の雨を降らせて万物を養う能力があるからです。リーダーたるもの、人間社会に恵の雨を降らせ、社会に大循環を起こす役目があります。大きな力と時勢の加勢もあり何事をするにも素晴らしい結果がついてきます。慢心するのではなく、リーダーは一つの役割にすぎないことを認め、どうすれば自分に与えられた役割を果たし、社会へ良い影響を与えられるかを考える責務があります。
鼎の軽重を問う、と言われるように、周りの諫言であっても聞き入れ、あらゆる人、物、事に学ぶ姿勢を持ち続けなさいと説いています。
第六段階 亢龍 ー 驕り高ぶる龍の顛末
亢龍悔いあり。驕り高ぶり、昇りつめた龍は必ず後悔する。
もっと成長したい、もっと会社を大きくしたいと思うのはリーダーの常です。しかし実は自分の能力を誇示したい、勝ちたい、という欲にかられて、志を見失っていないかを考えなければ、信頼を保つ事ができず、高く登りすぎた龍は地に落ちてしまうと説いています。
リーダーは、家族と社員、従業員を養うために自分が汗を流すことで、それが巡り巡って自分に返ってくるということを常に心に留めておかなければいけません。この役割をすっかり忘れてしまうことなきように、また自分で育てた組織が自分なしで回っていくことが非常に寂しく感じることもありますが、晩節を正しく判断することも大変大事になってきます。無位の王として、組織外に身を置いて、後進の育成や社会貢献を悠々自適にしていけば良いのではないでしょうか。乾、元亨利貞。春夏秋冬、必ず始まりと終わりがあります。易経は、この終わりがあるということが、何とありがたい事かと教えています。人生の終わりを受け入れた時、初めて自分の役割を本気で認識できるのです。そして龍の滞空時間も、終わりを知ると、さらに長ずる事ができます。
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