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綾瀬のママが歌う謎のラブソングから辿った人生の真理 髙橋真梨子「For You」

綾瀬のママ

日曜の午後、綾瀬駅(東京足立)の近くを歩いていると、スナックのドアから、中高年女性のものと思われる歌声が漏れてきました。

 あなたが欲しい あなたが欲しい 愛が すべてが欲しい

メロディはどこかで聴いたことがありましたが、曲名も歌手も知りません。
歌い手には結構な量の酒が入っているようで、だみ声で音程も崩れていましたが、なんだか妙に記憶に残りました。場末のスナックの謎の歌。

その後、家に帰ってもその歌声が気になったので、思い切って自分で歌って検索してみました。
スマホのマイクをオンにして、ひっそりと静まるひとりきりの部屋で歌います。
なにかとんでもなく恥ずかしいことをしているような気になりましたが、心を込めて歌いました。

何度かトライしたのちに出てきたのが、

髙橋真梨子「For You」

という結果です。Googleは冷静に探し当ててくれました。
聴いてみるとなかなかいい曲で、髙橋真梨子の歌唱力は相当なものだ思いました。当たり前です。しかし、

綾瀬のママバージョンも別の意味で感動的でした。真に迫る迫力があります。昼間のスナックで、

 あなたが欲しい もっと奪って 私を

と歌っている光景を思い描いていたら、彼女の人生(男性遍歴?)が浮かんできて、思わずほろっとしてしまいました。
これは、人生経験を重ねるほど凄みが増してくる歌なのかもしれません。

ススキノのママ

子どもの頃、ススキノのスナックのママと一緒に暮らしていたことがありました。

我が家には母親がいませんでした。ススキノのママは父の恋人で、たまに家にやってきては私の世話をして帰りました。タカコさん、と私は呼んでいました。

初めて会ったのは私が7歳の時で、それから11歳までの間、彼女は数カ月に一度家にやってきては何日か逗留して、またどこかへ行ってしまうというサイクルを繰り返しました。母のいなかった私は彼女によく懐き、いつもつくってくれる肉じゃがを楽しみにし、一緒にお風呂にも入りました。

その後、タカコさんは父親の浮気が原因で別れ、姿を消しました。私にとって、その後の彼女の生活は想像の範囲外でした。小学生の私の世界は、自転車で回れる範囲を超えられませんでした。

ところが7年後くらいに突然家に電話があったのです。子どもにとっての7年ってものすごく長い時間です。

ススキノの店に父親が何年振りかに現れて少し話をしたらしく、そこで私の近況などを聞いたというのです。浮気のほとぼりは冷めたのでしょうか。
「お父さん太って格好悪くなったね」
「そうだね」
「大学落ちたんだって?」
「うん」
「しばらくは楽しいことでもして気を紛らわせたら」
「タカコさんは何しているときが一番楽しい?」
「うーん、恋しているときかな」
「結婚してないの」
「そうだよ」
「ふうん」
「あんた、女の子の手とか握ったことあるの?」
そう言われ、女性と付き合ったこともなく、もちろん童貞だった私は言葉に詰まりました。からかわれたのです。

数分間世間話をして電話を切りました。彼女と話したのはそれきりです。
思えば、彼女にとって私はとうに終わった存在だったのでしょう。父とセットで捨てて、諦めた相手。ちょっと懐かしくなって電話してみただけだった。

私といえば、すでに小学生という万能感に満ちた絶対的な存在ではなく、おどおどして何事にも惑い迷う思春期の凡庸な雄にすぎませんでした。
もはや彼女の興味を引くような人間ではない……彼女の寵愛は別のところへ行ってしまい、私のところへは戻ってこないのでしょう。

恋している時が一番楽しい

綾瀬のママの歌を聴いて、私の中で恋多き2人のママが勝手にシンクロしました。そして、最後に聞いたタカコさんの言葉を思い出したのでした。


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