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予備試験の民事実務基礎は大島本入門編で十分?

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 結論からいうと、入門編では十分ではありません。入門編で足りるといっている合格者は、たまたま入門編の範囲でなんとか合格できた成功体験を押し付けてるだけです。
 私も出題者ではないので、将来、入門編に書かれていないことが出題されるかどうか断言はできませんが、過去問をみれば将来の試験範囲も自ずから見えてくるはずです。そして、入門編では足りないと気付くでしょう。

0.そもそも、大島本とは?

 予備試験の民事実務基礎科目対策として、大島本がよいという言説をよく目にすることがあります。私としても、民事実務基礎で点が取れるようになりたければ、大島本を軸足にして学習すべきと考えています。

 この「大島本」というのは、現役の裁判官である大島眞一先生が執筆された「完全講義 民事裁判実務の基礎」という本のことを指しているのですが、この本にはいくつかシリーズがあって、絶版になっていないものだけをピックアップすると、

・「新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[入門編]〔第2版〕」

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・「新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[発展編]  
 ※債権法改正未対応(改正には対応しているので読めなくはない)

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・「完全講義 民事裁判実務の基礎〔第3版〕(上巻)」

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・「完全講義 民事裁判実務の基礎〔第2版〕(下巻)」 ※債権法改正未対応

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の4冊があります。といっても、4冊の本でワンセットというわけでなく、元々は上巻と下巻に分かれていた「完全講義 民事裁判実務の基礎」が、予備試験受験生向けに入門編と発展編に再編集されただけなので、それら2冊が対応関係にあり、「入門編/発展編」と「上巻/下巻」は内容的に重複する記載が多いです。

 そうだとしても、2冊も本を読むのって大変ですよね。そういったことから、「大島本は入門編読めば十分なんだ!」だとか言う人がいるんです。
 この点について、私から付言しておきたいことがあります。

 別に丸々2冊読む必要まではないんです。
 1冊プラスαだけ読むというイメージです。

 私は大島本を2冊買って使うべきだと考えています。その2冊をどの組み合わせで買うかという問題はありますが、仮に入門編と発展編の2冊を使うとします。
 その場合、入門編は隅から隅まで目を通して理解するのが望ましいわけですが、発展編は要件事実について論じられている第1講〜第8講の途中まで(6〜181頁)まで読めれば十分で、第9講以下(192〜479頁)を読む必要はありません。
 2冊買うとはいっても、そこまで負担は重くないということです。

 また、大島本を2冊買うとして、入門編と上巻の組み合わせで買うというパターンもありうるでしょう。発展編は債権法改正に対応していますが、基本的に旧法ベースで書かれているので読みづらいかもしれない、ということで、発展編の代わりに上巻を使うというわけです。
 上巻では、要件事実の知識に絞って解説されているので、要件事実に関してはこれさえ覚えておけばよいだろうという知識がまとまっています。
 この場合、入門編の要件事実の記載と、上巻の要件事実の記載とで重なっている部分が多いので、本を2冊読むとしてもそこまで重くはならないというわけです。(それなら上巻だけでいいじゃん、入門編いらないじゃんと仰られる方もいると思いますが、その点は次回のnoteで触れます。)

 ひとまず、大島本を2冊読む心理的な抵抗感は和らいだでしょうか?本を2冊買うという経済的な負担はどうしようもありませんが……。
 それでは、大島本を2冊読む”必要性”の話を、過去問を通じてしましょうか。

1.平成30年度予備試験論文式試験民事実務基礎科目

 私が初めて論文式試験を受けた年です。おそらく予備試験の論文式試験の民事実務基礎科目としては初めて、履行遅滞に基づく損害賠償請求の要件事実が問われました。まさかそこからでるとは思っていない人も多かったことでしょう。

 この履行遅滞に基づく損害賠償請求の要件事実は、教員サイドの意識として、予備試験ではなく司法修習の中で学ぶものだという感覚が広く共有されていたようで、大島本では入門編にはその記載がなく、発展編の80頁ではじめて登場します。入門編でしか要件事実を勉強してこなかった人にとっては不意打ちだったでしょう。
 ちなみに、当時の私は大島本ではなく、岡口基一「要件事実入門 紛争類型別編」(2018年、創耕舎)という本で要件事実の対策をしていたのですが、この本では以下のようなことが書かれています。

「司法試験・予備試験では附帯請求(筆者注:履行遅滞に基づく損害賠償請求も附帯請求の一種です)が出題されないことから、本書では主請求(貸金元本請求)のみを取り扱うことにします。」(32頁)

 私は平成30年度の試験を受けながら、「ふざけるなよ岡口基一ィ!」と憤慨していた記憶があります。とはいえ、出題当時は、まさか履行遅滞に基づく損害賠償請求の要件事実が出題されるとは考えられていなかったということが、読者のみなさんもおわかりになったでしょうか。

 「そうはいっても、大島本入門編に書いてないようなことは、みんな書けてないだろうし、別に自分が書けなくても痛手にはならないでしょ?」

 いやいや、私が当時の受験生の反応を見ていた限り、履行遅滞に基づく損害賠償請求の要件事実については書けている人が少なくなかったという印象です。おそらく、予備校のクソ金のかかる実務基礎講座のテキストには、その要件事実まできちんとカバーされていたのではないかと推察します。
 ちなみに、大手予備校の辰巳が市販していた「司法試験予備試験法律実務基礎科目ハンドブック〈1〉民事実務基礎 第4版」(2016年、辰巳法律研究所)には、きちんと履行遅滞に基づく損害賠償請求の要件事実が書かれています。予備校は基本的に、出題可能性が低いところまで一応テキストに書こうとするイメージがありますね。
 ちなみに、その辰巳の本は平成29年改正に未対応であるうえ、絶版なので、大島本の代わりにはなり難いですね。

 まとめると、平成30年度の試験では、履行遅滞に基づく損害賠償請求の要件事実を答案に書くべきであったが、その要件事実を身につけるためには大島本入門編では不十分で、発展編まで読む必要があったということです。

 確かに、大島本を発展編まで読まなければ答えられない問題が出題された頻度はそこまで高くありません。論文式試験において、平成30年度以外にそのような出題がされたとの記憶はないです。
 ただ、今後過去問が蓄積されるにつれ、新しい分野から出そうとなると、入門編の範囲だけでは限界があります。予備校勢に書き負けないためにも、発展編まで読んでおいたほうが無難でしょう。

2.平成25年度予備試験口述式試験民事実務基礎2日目

 論文式試験との関係では、大島本発展編は可能なら読むべきというものでしたが、口述式試験(予備試験の3次試験)との関係では別です。

 口述式試験を受けるなら、大島本発展編は絶対に読むべきものです!!

 口述式試験の過去問(口述再現=受験生が試験の模様を再現したもの)を読んだことある人は少ないと思います。読んだことない人は、最新の辰巳のぶんせき本の巻末から応募して入手すべきです。そうでなくても、法務省のホームページを見れば、どんな分野からの出題があったかくらいはわかるようになっています。

 そこで、発展編が口述式試験との関係で必読であるということを証明するため、まずは、口述過去問の中でも平成25年度民事系2日目の過去問を取り上げます。

 というのも、この年では請負契約に基づく報酬支払請求の要件事実が問われたのです。
 予備試験の民事実務基礎科目で登場する契約というと、売買契約や賃貸借契約が多いのですが、請負契約が出題されるということは中々にレアなことなんです。大島本入門編をみても請負契約に関する要件事実の記載がなく、発展編140頁以下でようやく登場するというくらいです。
 論文式試験での出題実績も、令和元年度まで一度もありません。

 しかし、口述式試験は別です。イカれた出題を平気でしてくるのが口述式試験です。

 この年の口述再現を読んでいると、ほとんどの受験生がタジタジしてたことがわかります。まあ、この年は仕方なかったかもしれません。まさか請負契約が出るだなんて思いませんよね。もしかしたら、予備校テキストにも請負契約の要件事実に言及するものが多くなかったのかもしれません。

3.平成29年度予備試験口述式試験民事実務基礎2日目

 しかし、いくらマイナーな知識だったとしても、一度本試験で出題された知識は、それ以後の試験おいて、受験生が抑えておかなければならない知識となるのです。

 というのも、平成25年度に受験生をざわつかせた請負契約に基づく報酬請求の要件事実は、平成29年度になって再び出題されたのです。
 平成25年度の時点で多くの受験生が答えられなかったとしても、平成29年度の受験生は請負契約の要件事実までカバーしてきたことでしょう。予備校テキストも、一度過去問で出題された要件事実を掲載しないとは思えません。

 それでも、大島本入門編に請負契約に関する要件事実が書かれる様子はありません。だめだこりゃ。

 ちなみに、口述式試験も大島本入門編だけで足りると謳う人は、「請負契約は条文知ってれば要件事実なんて現場思考で思いつくべ〜♪」とよく言いますが、口述式試験でそんなリスクを負うべきではありません。一度口述式試験に落ちた私がいうのです。あの極度の緊張感の中で、まともな現場思考ができると思わないほうがいいです。

4.おわりに

 発展編を読むべき必要性が伝わりましたでしょうか。

 てか、「予備試験は○○を読めば十分ですか?」とかいう質問、キモすぎると思いません?そんなん自分が自己責任で考えるべきことです。

 ただ、ある本が合格に必要十分条件であるか断言できないにしても、十分条件とは言い難い(この本だけじゃ足りない)ということは過去問を通じてある程度説明できるんじゃないかということで、この記事を書いたわけです。

 話を本筋に戻しますが、令和2年度以降の試験における発展編からの出題可能性は十分にありうるでしょう。論文式試験での請負契約とか可能性がないわけじゃありません。まあ、入門編の内容が頭に入っていないと話にならないので、優先度でいえば入門編のほうが高いことはいうまでもありません。

 発展編の必要性を強調しすぎたような気はしますが、みなさんは各自の勉強の進行度に応じて、期待値の高いものから勉強しましょう。まずは入門編からです。


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