【企画参加】お前ぶっ飛ばす
ぶっ飛ばしたいやつ?
いるよ、もちろん。
あの子から笑顔を奪ったやつだ。
あの子はまだ二歳にもなってなかったんだ。
それなのに、あいつはあの子を・・・。
あの子はとってもいい子だった。
優しい子だった。
顔はとびきり可愛かったなァ。
連れて来られた時、最初は緊張して箱から出なかった。
けど、しばらくしたら箱から出てきてさ。
部屋中を走り回ってたっけ。
あいつは、あの子を良い子に育てようとした。
自分にとって都合の良い、っていう意味だ。
吠えないように。
人に慣れるように。
他の犬とも仲良くできるように。
ゲージで大人しく出来るように。
ドッグトレーナーのいう通りに、しつけ本のいう通りに。
♦♦♦
でもさ、あの子はゲージが苦手だった。
他の犬も、人間も苦手だった。
だって仕方ないさ。
ペットショップの小さな檻の中で半年間も独りぼっちだったんだから。
あの子はきっとストレスがたまっていったんだと思う。
大きな声で吠えるようになった。
他の犬にも吠える。人間にも吠える。
散歩ではリードをぐいぐい引っ張った。
それでもあいつは、甘やかしてはいけないと思ったんだ。
いい子になるように、ちゃんと躾をしなければ。
夜はゲージで寝かせた。
朝になって、ゲージから出てきたあの子はあいつの顔を舐めた。
たくさんたくさん。
言葉が通じない分、たくさん舐めた。
好きだよ。好きだよ。
でも、あいつは手で払い除けた。
しつけ本にこう書いてあったから。
「感染症の原因になるので、犬に顔を舐めさせないこと。」
♦♦♦
そして、とうとう、あの日。
あの出来事が起きた。
散歩中に他の犬が来たので、あの子は大きな声で吠えた。
そして暴れた。
その拍子に、あいつはリードを手から離してしまったんだ。
あの子はそのまま走って、走って、
道路に飛び出してしまった。
大きな大きなトラックが来た。
小さな小さなあの子の身体は一瞬で壊れた。
♦♦♦
あいつは私。
ぶっ飛ばしたいやつは私。
しつけ本ばかり読んで、あの子を見てなかった。
顔だって口だって舐めさせてやればよかったのに。
他の犬が苦手でもよかったのに。
人間が苦手でもよかったのに。
あの子はあの子のままでよかったのに。
どんなに後悔しても戻らない。
あの子は永遠に二歳のまま。
【季語】秋の虹/三秋
【解説】秋に立つ虹のこと。夏の虹ははっきりと大空にその大輪を掛ける が、秋の虹は色が淡くすぐに消えてしまうことが多い。
👇こちらの企画に参加させていただきました。
読んでいただき、ありがとうございました。