見出し画像

読書記録12:『ケーキの切れない非行少年たち』

進路志望を「法務技官」と掲げる生徒の受験の相談を受け、こちらの予習として読んでみました。
『ケーキの切れない非行少年たち』および続編に当たる『どうしても頑張れない人たち』の2冊の新書。非常に読みやすい新書だったので2冊一気に読めました。

実践の現場から見えた知見を扱っているため、徹頭徹尾支援のあり方に焦点化していくわけですが、1作めが少年たち側に主眼を置き、2冊めが支援者側に主眼を置いた本であるという点は特徴的。そのため、2冊で1つの内容として成立しているともいえます。
対人支援の仕事をしていると理解が速い1冊めと、対人支援の仕事をしているがゆえに身につまされる2冊め、という対比も妙でした。

1作めでは、医療少年院等に入った少年たちの認知能力の偏り、さらには「健常者」と「障害者」の間、それも健常者よりのグレーゾーンの少年たちに対する支援の欠落が描写されます。特別な支援を受けない=通常の社会生活を当然視されるという状況の中で、不適合を認知できない少年たちが犯罪を繰り返すことになってしまうことが論述されます。そして2作めでは、不適合を認知できないことを認知できない支援者(家族、学校、会社…)の不適切な支援(同語反復だなぁ…)が如実に描かれます。

学校現場では学力等の「認知能力」に対して、それだけじゃ測れない「非認知能力」を測定しよう、という言葉が聞かれるようになっていますが、よくよく考えるとこの問題意識は「認知能力」というものについて当然視・前提視しているわけです。
その認知能力に関して、気になっていたことが2つ。

これと合わせて、5月9日朝日新聞。

合わせて考えると、「軽度なものも含めた認知能力の障害」と診断される割合は、4人に1人という水準から始まり、高齢になるにつれて上昇していく、という憶測すらできそうです。
この社会で生きていくには、どれほどの認知能力が必要なのか。そして、その認知能力を漏れなく身につけている人がどれほどいるのか。また、「身につけている」と思っているだけで欠落を抱えている人がどれほどいるのか

セルフレジの導入によって品物が購入できなくなった高齢の方がいた、というエピソードも聞こえてきたりします。セルフレジでいうと、「ものを買う」という行動は、かつては「品物を選び」「値段を交渉し」「交換する」という動作に分解されていたのが、「(初めて見る)端末を操作し」「(初めて見る)決済装置を作動させ」「品物を受け取る」という動作に置き換わっているわけです。
「初めて見る」という表現を足したのは、最近はコンビニでも牛丼屋でもファストフードでもスーパーマーケットでも、独自の決済端末を使用しており、その操作方法はその場で把握するしか無いからです。私自身も、初めて見る端末だと「やり直す」を何回か経由する必要に迫られたりします。
キャッシュレスになると一層ややこしいですね。バーコードをスキャンするのか端末を見せるのか、タッチするのか何なのか。

よく「機械は苦手だ」という声を聴きますが、それは機械が苦手なのではなく、「その場で把握する」という認知的負荷に対する苦手なのではないか、という視点が生まれてきます。そして、それを課しているのは社会の側なのに、「機械が使えない人たち」というラベルを貼り付け、不自由に追い込んでいる、という視点も生まれます。

医療少年院にいる軽度知的障害の少年たちの問題の深刻さとは少々異なる水準であるとはいえ、問題の構図として近いのではないかと捉えています。

そして、2冊を貫くもう1つのテーマは幸福だと読めます。自信や自己肯定感などいろいろな言い方がありましたが、非行少年たちも幸福を願っているということを出発点として、支援のあり方が提案されていました。

「矯正する」という動作には、「できないことをできるようにする」という視点が伴います。しばしば教育も「できないことをできるようにする」という視点で捉えられます。これが間違いだというわけでもありません。
ただ、客観視して「できないことをできるようにする」ということと、その矯正対象者・教育対象者に対して「これは君ができないことだ」「だからできるようにしてやろう」という態度で接することとは、根本的な違いがある。この点の区別を、対人支援者の中でも、しない人が多い。

この社会が高度に発達し、客観的視点において効率化してきたことで、かえって認知的水準の高度化とそこからの人間疎外とでも言うべき状況が加速している、という表現はいささか誇張とはいえ、何の根拠もない話ではないでしょう。「社会を形成する十分な健常者」を育てる教育から、「欠落した人間どうしの共生を可能にする教育」というような目線の変更が、そう遠くなく来るのかもしれません。

矯正から共生へ。フレーズとしてはダジャレの域だが、割とリアルか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?