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絵具セットとおばあちゃん。

図工室で出会った子どもたちシリーズ1

Sちゃん

「飴玉あげるから、いっしょにいこう」って言われたら何の疑問も持たないで悪い大人について行っちゃうような子なんです。小3の割に幼いというか。勉強も全然できなくて いつも居残り勉強しています。

 担任の先生から 引継ぎの際言われた通り、Sちゃんは背も低く 全体的に幼い感じのする女の子だった。人よりワンテンポ 動くのが遅くて、何をするのにも時間がかかるタイプの子だった。
でも 時折 見せる笑顔が可愛くって、廊下で会うとこっそり話す関係になった。
 そんな夏のある日、絵具を使った授業があり、Sちゃんが絵具セットを家に忘れたと言ってきた。Sちゃんは図工室にある予備の絵具セットを貸りて授業をうけていた。授業の途中、教室の扉が 勢いよく開けられ「Sちゃーん!絵具セットもってきたよ!」と大声で言いながら Sちゃんのおばあちゃんが入ってきた。Sちゃんのおばあちゃんは、お化粧も取れかかっていて、洋服も汗でびっしょりで、きっとこの炎天下を自転車で走って大急ぎで届きに来たのだろう。

絵具セットを受け取ったSちゃんは「少ない絵具が、新しい絵具になっている!」とおばあちゃんが補充してくれた絵具をみて嬉しそうだった。
その時、私は 「炎天下の中 絵具セットを図工室まで届けにくるなんて大変だなぁ。絵具セットなら 図工室で借りればいいのに。」というぐらいにしか思っていなかった。


 その時「魔法の鳥」というテーマで絵を描いていた。Sちゃんは オレンジ色の夕焼け空の中で、鳥たちが踊っている絵を描いていた。

その色使いが あまりに綺麗で驚いて思わず
「わぁ、Sちゃんは本当に色の魔法使いだね。こんなに素敵な色 思いつかないよ。すごいね。いいねぇ」と感心して言った。
Sちゃんは恥ずかしそうに「Sはね、絵具で絵を描くが大好きなの。こんなに楽しい時間は他にはないよ」と言っていた。「うん、うん。絵具はたのしいよね。いいよね。」とうなずきあって終わった。

授業が終わり 片付けをしていると
「先生あのね、この前 警察官がいーぱい家にきて パパとママに手錠かけて連れて行っちゃったんだ」と 両手を前に出して手錠をかけられるポーズをしてSちゃんは言った。
「それは大変、パパとママが、いないなら だれがお家にいてくれるの?」と慌ててきくと「おばあちゃんが来てくれている。でも 夜はお仕事だから 一人だよ」と淡々と言っていた。

その週の職員会議で、Sちゃんの両親は覚せい剤所有で逮捕されたということを知った。Sちゃんは おばあちゃんに引き取られたけど、夜は仕事があるからSちゃんは一人で過ごしているという。

その事実を知って、絵具を届けに来てくれたおばあちゃんのことを思った。
夜の仕事を終えて、きっと一睡もせず 炎天下の中自転車をこいで届けてくれたのだろう。絵を描くのが大好きなSちゃんのために なくなった絵具を補充してくれたおばあちゃん。

突然、両親がいなくなってしまったSちゃんの 当たり前の日常を必死で守りたかったのだと思う。
絵を描きながら「こんなに楽しい時間は他にはないよ」と言ったSちゃんの横顔。どんな気持ちであの言葉を言ったのだろう。一人っきりの夜、Sちゃんはどんな気持ちで過ごしていたのだろう。そう思うと 何年たっても涙が出てきてしまう。

教師という安定した職業環境に身を置いている立場からは 想像もできないほど過酷な日常を生きている子たちはいる。
ただ45分の図工という授業の中で Sちゃんのオレンジ色は本当にきれいで「いいね」と思った。そして、楽しいと描くSちゃんがいた。そのことが事実としてあって Sちゃんの日常の光になっていたらいい。

Sちゃんの過去もこれから先の未来も Sちゃんにしかわからないけれど、
もし、今もSちゃんが絵を描いていたら、やっぱり感動して「いいね、Sちゃんいいね」って言い続けるだろう。
正直、図工の授業でできることは、子どもの横にたって「いいね」って言い続けることだけなのかもしれない。それがその子の何かの力になっているかは わからないけれど 言い続けたい。

私も絵具で絵を描くの大好きだよ。Sちゃん、今も絵を描いている? 

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