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新たな選択(C-123 2020.09.08)

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この記事は、メールマガジン【前進の軌跡】(2020年9月8日配信)の転載です。

強い警告を受け、多くの人が避難行動をとった

「特別警報級」「かつて経験したことがない程」と4日前から異例とも言える強さで警告された台風10号。先行した8、9号の通過による海水温の低下により※勢力が弱まったこと、やや西よりの進路であったことで「大したこと」はなかったという印象が一部に広がりました。(※のちに「勢力低下は、海水温のせいではなかった」と訂正されました)

それでも建物の屋根や壁の損壊などの被害が各地で発生し、鹿児島で女性一人が亡くなられ、宮崎では四名が安否不明の状態です。ご冥福を心からお祈りするとともに、全ての被災者の皆様方にお見舞いを申し上げます。

SNSでは「大したことなかったのではない。"大したことなかった"にした人々がいたのだ」という投稿が話題になりました。

強い警告を受け、多くの人が避難行動をとった。

風水害に備えての事前の避難行動としては、これもまた「かつて経験したことがない程」と言える規模だったのでは、と思います。

今日のコンテンツは、避難所、です。

地元小学校区に校区防災連絡会をつくります

9月3日、気象庁と国土交通省が合同会見を開き「特別警報級」と強く警告した台風10号。九州地方などの各地自治体では、行政を中心に避難準備が進められました。

熊本市も、その一つ。
大西一史市長は9月4日に
○ 全指定避難所145箇所の開設
○ 9月6、7日の市有施設の閉館、窓口業務の停止
○ 9月7日の小中高支援学校、幼・保育園等の全休
を決定し、発表しました。速さと潔さを感じます。

6日午前9時、予定通り145箇所の避難所で受け入れが始まり、多くの市民が集まりました。翌朝、避難者が帰宅するまでの様子を、一人の市民からは逐次、二人からは後にまとめて「体感」と共に聴き取ることができました。

話に聴いた内容から、様々なことを思い、昨日は一日中、頭がグルグルと回りました。一晩寝て、回転がおさまり、少し整理された内容を、いつもの通り書きながらまとめています。

今回熊本市では、指定避難所の開設と運営を原則、市職員によって行いました。それは「熊本市避難所開設・運営マニュアル」の規定によるものと推察します。

(「突発的かつ大規模な災害」ではなく)風水害等が局地的な場合には、市職員で対応しますが、必要に応じて避難所運営委員会を立上げ、避難所運営を行う場合も考えられます。

逐次聴き取っていた方の一人は、自身の地元にあるスポーツ施設にいました。そこは広域的な避難所であり、かつ唯一のペット同伴避難所でもあったことから、600名を超える避難者が集まりました。

前日から「必要」が感じられ、校区防災連絡会のメンバーでもある彼女にも「運営に加わって欲しい」という要請があったそうです。当日は、職員主導の運営を救護要員としてサポートし、避難者をケアしました。

「校区防災連絡会」は、避難所運営委員会の準備会議となる組織で、地域住民、避難所担当職員、避難所となる施設の管理者で構成されます。「熊本地震の反省を踏まえ」て、震災の一年後に全小学校区での設立を目指すことが決まりました。その一つである、自身の地元の校区防災連絡会に、彼女は設立当初から関わっています。

彼女たちメンバーは、二年かけて地元の校区防災連絡会を丁寧に育ててきました。今年に入り「突発的かつ大規模な災害」の発生時だけではなく、いかなる場合も職員と施設管理者に住民も加わった「校区防災連絡会」で(避難所運営委員会を立ち上げて)避難所を運営しよう、という連帯感と主体性が芽生えてきたそうです。

その校区指定避難所、すなわち地元小学校もちろん、避難所として開設されました。雨風が強まる前に往復して、小学校の様子も見に行った彼女。住民が参加して運営され「温かく、とても雰囲気がよかった」と感じられたそうです。

避難所とは、何か。
災害対策基本法は「避難のための立退きを行った居住者等を避難のために必要な間滞在させ、又は自ら居住の場所を確保することが困難な被災した住民等を一時的に滞在させるための施設」と定義しています。つまり避難所は「滞在できる建物」であり、その滞在は発災の「前後」を含んで想定されています。

また避難所には「開設」「運営」という言葉が合わせて使われます。
これまで私自身、これら「避難所」「開設」「運営」という言葉を丁寧に理解し、使ってきたつもりでしたが、未だ不用意であったことに今回あらためて気づきました。

発災前後の滞在が想定されているにも関わらず、避難所の開設及び運営についての指針や手引きは、そのほとんどが発災後を想定しています。
つまり地震です。

熊本市のマニュアルがそうであることは、紹介した通り。発災前の避難所については、開設も運営も明らかにされておらず(少なくとも市民にとっては)曖昧で不用意です。

さらに「開設」と「運営」について、その線引きも曖昧です。
発災後であっても、多くの自治体では様々な理由から「開設」は市職員が行うことを原則としていますが、「開設」とは具体的にどこまでの手順を指すのか。「その後の運営は住民が主体となって行う」としながらも、開設の内容を具体的に説明しているマニュアルは、今のところ見つけられていません。

いつも以上に回りくどくなっている私。
いったい何にこだわっているのか。

それは、避難者のあり方から滲む「お客さん感」です。
今回、話を聴かせてくれた三人は、それぞれ表現は異なるものの、全員がこの「お客さん感」を多くの避難者に感じたようでした。「避難所開設、そして運営は行政が行うもの」という印象が、その原因の一つだと私は考えます。

その印象は、くどくどと書き連ねた、そして私自身も不用意であった言葉の曖昧さが強く影響している。
そう、私は感じています。
ほぼ24時間スポーツ施設に詰め、避難者に寄り添った彼女が、幾度となく「市の職員だと間違われた」というエピソードがそれを象徴しています。

今回の記事を書くために調べたことで、もう一つ言葉の思い込みに気づきました。指定避難所の「指定」です。

指定する主体は市町村長。
住民に対して「ここに(避難して)」と市町村長が指定した場所だと、私は思い込んでいました。しかし実際は、法的な義務に基づき、先の定義による「避難所」を確保するために「ここを(避難所にします)」と指定した公共施設、という意味でした。

避難する先、その場所の選択において、一人ひとりは自由なのです。
自由であることは、同時に責任を持つこと。すなわち主体的であることを意味します。多くの人が集まり滞在する避難所にはその主体性の集まりである自治がある。その中心が「避難所運営委員会」なのだろうと思い、理解しました。

私の地元、碧南市の避難所運営マニュアルには、発災後の二日目以降に「避難所運営委員会を組織する」と書かれていました。

「準備が必要だ……」

そう、強く思いました。
熊本市の校区防災連絡会は絶好のお手本です。市民である地域住民と、行政である担当職員や施設管理者が、対等に連携する「協働」の実践として、地元小学校区に校区防災連絡会をつくります。

今、決めました。

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◇今日の選択
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地元小学校区に校区防災連絡会をつくります

参考ページ

9月4日 台風10号の接近・上陸に係る熊本市災害対策本部会議後市長記者会見

熊本市避難所開設・運営マニュアル -事前準備編-

熊本市避難所開設・運営マニュアル(概要)

校区防災連絡会について(熊本地震を踏まえた防災まちづくり)

熊本市の防災体制が見直しされます(まちづくりつうしん 平成29年5月1日)

災害対策基本法(抄)第49条の7(指定避難所の指定)

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この記事は、メールマガジン【前進の軌跡】(vol.123  2020年9月8日配信)のコンテンツ部の転載です。(タイトルの"C"は、"Content"の頭文字)
あきらかな誤字・脱字を除き、当時の文章をそのまま「軌跡」として残します。

この日の「編集後記」はこちら。


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