Root-Supported denturesにおける歯根膜のレセプター ー歯槽骨の保存を求めてー (その2)
オーバーデンチャー(Overdentures)とは正確にはRoot-Supported denturesとした方が理解しやすい。無歯の顎堤と共に保存された歯根によって支持されている部分床義歯あるいは総義歯を意味し、広義にはテレスコープ・システムやアタッチメントをも含む、臨床に広く応用されている術式である。歯根膜のない顎堤は生涯を通して吸収される運命にあることは周知の事実である。単純に考えて、歯内療法処置をした歯根を義歯床下にとり入れオーバーデンチャーの特性を十分に活用させたならば、義歯に加わる過度の咬合力を吸収し、粘膜と歯槽骨に与える外傷を軽減させる咬合圧のストッパー(抵抗源)としての役割を持たすことができる。さらに考えを進めて、歯根膜(歯周組織)が健康で生理的機能を果たしているならば、歯根膜が持つ軸性についても期待できる。すなわち、咬合力が大きく加わる歯軸方向に対しては閾値が大きく、為害性のある側方力に対しては閾値が低いという性状から顎粘膜組織に対する保護と制禦機構にも関与させることが可能になる。
義歯装着者の感覚は天然歯列者に比べて1/10に鈍化すると言われている。歯根膜のないインプラント治療による咬合も同じである。歯根膜の持つ触覚や圧覚の感覚受容器は円滑な咀嚼運動を営むために重要な役割を果たしていることは生理学的な実験で証明されてきた。しかも、この感覚は抜髄した後にもほとんど変化が認められず、その歯根膜受容器は歯頸部歯根膜より歯根中央部および根尖部歯根膜に密に分布しているとされる。感受性についても臼歯部よりも前歯部の方が、また臼歯部においても近心位の方が遠心位の臼歯より閾値が低いとされている。これらの性状は少数歯残存症例の歯が遠心位よりも近心位に残存している症例が多いことから、オーバーデンチャーにとっても好都合である。顎堤粘膜と残根の歯根膜を十分に活用したオーバーデンチャーを装着したならば、単なる粘膜負担義歯とは異なって、生理学的には顎堤粘膜および歯根膜を含めた一つの咀嚼器管の機能単位を再建することができるわけである。一方、歯根膜のない顎堤粘膜のみに支持された義歯は当然、このような性状を持つことはできず、機能的にも劣る結果になり、制禦力を持たない義歯に加わる咬合力は、永続的に広範性の骨吸収を促進させることになる。
補綴学的な立場からも、残根歯根膜上に総義歯を適合させることは、前述したように歯根の軸性ならびに歯根膜のリセプターを活用させ生理的な咀嚼経路を誘導することになる。その結果、義歯の安定が確保され過度の咬合圧や為害性のある側方力を防止することになり、歯根周囲に残存している歯槽骨を長期にわたって保持させるための目的に叶っている。しかし、現時点ではオーバーデンチャーには臨床学的に多くの解決すべき諸問題が残されている。そのため明確な予測のもとに治療計画を立てることが困難な症例に遭遇することがあり、ここにオーバーデンチャーに対する臨床家の不信と批判が存在するわけだが、私は歯根を残すことによって歯槽骨の保存が少しでも維持できれば利用する価値があるものと信じ応用してきた。
簡単なコンポジット充填やときには齲蝕予防のフッ素塗布程度のことでも術後経過が良いものもあれば、完璧な支台歯装置を装着しオーバーデンチャーの具備条件を整えたにもかかわらず、ホームケアとプロフェッショナルケアの不備のため、2~3年で余儀なく抜歯した症例もある。オーバーデンチャーの予後は装置の種類や処置内容よりは、むしろプログラミングにもとづく術後の定期的な経過観察とその時々の症状に応じた適切な処置に依存することが大きいように思われる。歯周組織の炎症性変化(歯周疾患)を伴う場合は、歯根膜の感覚受容器にも変化が生じ、病変を残した状態で、残存歯根を支台歯として利用した場合、かえって痛みや不快感を引き起こす原因となる。そして、異常な咀嚼経路を反復する結果、義歯の安定性を阻害することにもつながる。支台歯になる歯の歯周疾患に対する処置が不完全な症例においては、とりあえず移行義歯(治療用義歯)を装着したのち、残存歯根の治癒経過を観察しながら、最終の製作時期を決定した方が賢明であるように思われる。
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