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日本の歯科衛生士の現状と展望

 我が国の歯科衛生士の歴史は、昭和23年に歯科疾患の予防と口腔衛生の向上を図る目的で歯科衛生士法が制定され、翌年(昭和24年)から歯科衛生士の教育が始まりました。歯科衛生士が存在していないにもかかわらず、法律が先行した異例なケースです。法制定時には保健所等における歯科予防処置の担い手として活動していましたが、昭和30年の歯科衛生士法の改正により、「歯科診療の補助」が業務として追加され、さらに平成元年には「歯科保健指導」が可能となりました。
 少子高齢化社会の進展に伴い、歯科衛生士の役割に対するニーズが社会的に大きく変化してきました。「健康日本21」、「健やか親子21」、「健康増進法」や「食育基本法」などのライフステージごとの歯科保健政策の制定、周術期の口腔機能管理における歯科衛生士のオーラルマネジメントや医科歯科連携によるチーム医療、在宅医療での役割が期待されています。今後、歯科衛生士の役割は益々重要な時期になってきました。
折しも、平成26年6月18日、第186回通常国会・参議院本会議において「地域における医療と介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」の一つとして ”歯科衛生士法” が可決・成立しました。
 改正歯科衛生士法は平成27年4月1日から施行されています。平成元年の6月28日に法律第31号改正により「歯科保健指導」業務が追加されて以来25年ぶりの改正であり大変意義深いものであります。
 法改正の具体的な内容は、歯科衛生士が予防処置する場合の歯科医師の関与の程度の見直しで、「予防処置を実施する際は、歯科医師と緊密な連携を確保した上で、歯科医師の直接の指導までは要しないこととする」ならびに、法の条文中にある「女子」の文言を「者」に改め、男子については附則により同法の規定が準用されている現状を改めるとしています。
 今回の法改正は歯科衛生士の社会的地位、および法的な身分の改善につながる、またとないチャンスと言えますが、このチャンスを活かすためには看護師なみの職務自覚と社会的使命の認識が必要とされます。一方で歯科衛生士教育機関での器質的・機能的口腔ケア、摂食嚥下リハビリ、周術期の口腔機能管理等の関連教育の充実が急務であると言えましょう。
 さて、法改正のポイントは「歯科医師の直接の指導までは要しない」ことです。これは過去に予防処置に関して、修業年限が1年だった当時、1年でそんなことが出来るかということで「直接の指導」を付けた経緯がありました。法改正の理由として次の2点を挙げています。
(1)歯科衛生士の修業年限の延長
  昭和23年の法制定当時、歯科衛生士の修業年限は1年制でしたが、歯科衛生士学校養成所指定規則の改正により、昭和58年から2年制、平成16年から3年制と変更されています。(3年制移行後、初の卒業生を輩出したのは本学院)経過措置期間が終了し、平成24年度からすべての卒業生が3年制課程の履修者となるなど、歯科衛生士の資質向上が図られています。

(2)保健所や市町村の歯科予防措置実施に支障
  保健所や市町村保健センター等が、難病患者・障害者を対象とした歯科に関する事業や乳幼児健診等において予防処置としてフッ化物塗布や歯石除去等を行う場合に、歯科医師の立会いが必要となりますが、地域によっては歯科医師の確保が困難で、直接の指導ができないため事業の実施に支障が生じている例もありました。
 ここで、改めて歯科衛生士による<歯科診療の補助>について述べたいと思います。歯科衛生士の業務範囲としては、法制定当初は「歯科予防処置」のみでしたが、昭和30年に「歯科診療の補助」平成元年に「歯科保健指導」がそれぞれ追加された経緯があります。また、行為によっては比較的侵襲度が高いと考えられる「歯科診療の補助」を行うに当たっては「主治の歯科医師の指示」が必要とされています。平成18年、神戸市が開設し、障害者や認知症の高齢者、幼児らに歯科診療をしている「神戸市歯科センター」において歯科衛生士が採血、投薬を日常的に行われていた事件に対して神戸市は、歯科衛生士の権限を逸脱していないかを厚生省歯科保健会に照会。同課は①歯科医師の指示の下で行っている ②十分な知識と経験、技能がある ③患者の不利益になっていない とし今回のケースは法に触れないとの見解を示しました。さらに厚労省は、「条件が整っており、法に触れないが技能がない場合などは違法行為の可能性がある」としています。専門家は「採血などは技能を持つよう養成、認定する仕組みが必要だ」とし、教育機関における教育担保の必要性を強調しています。
 歯科衛生士による歯科診療の補助行為については、医学・医療の発展や技術革新に伴い変化するものであるので、個々の行為を規定することはナンセンスだと思います。しかし、平成19年1月12日付けで日本歯科医学会「歯科衛生士業務に関する検討会」から、歯科衛生士の歯科診療の補助業務について中間報告として、すでに日歯会員に周知されているところです。歯科衛生士の知識・能力・経験の差により、具体的な内容を下記のようにレベル別に挙げています。

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今回の法改正によって歯科衛生士の職務は、歯科医師のいない口腔ケアを必要とする関連施設において協力歯科医療機関(歯科診療所)と密接な連携を図り、歯科医師の指示を受け、口腔ケア・マネジメント計画を作成することが出来るようになりました。つまり、自ら介護職員に日常的な口腔ケアの実施を指導し、リスクの高い入所者には専門的な口腔ケアを実施する等、施設入所者の口腔ケアの質を高めることが出来るようになるのです。介護職や看護師、ST、OT、PT、管理栄養士等の医療関係職種とともに歯科衛生士が配置されれば、多職種連携による口腔ケアの充実を図り、地域包括ケアシステムに対応できるオーラルマネジメントの役割を担えることにもなります。
 歯科における口腔ケアは、歯磨きや洗口などの口腔清掃を中心とした「器質的口腔ケア」と経口摂取をめざし、嚥下リハビリを含めた「機能的口腔ケア」です。歯科衛生士は口腔清掃のみではなく廃用予防や嚥下訓練などの口腔リハビリの知識を持ち、患者さんや家族、医療関係職種への教育が重要な役割となります。本学院は10年前から摂食咀嚼嚥下リハビリ、コミュニケーションと歯科衛生ケアプロセス(歯科衛生課程)をカリキュラムに導入してきました。施設等での入所者の嚥下障害に対するスクリーニングの際、摂食咀嚼嚥下の専門的なアセスメント(評価)能力が必要であり、教育担保が確保されているので、それが現場で活かされることを期待しています。
 政府は地方分権政策による医療・介護サービスの提供体制改革(サービス提供体制)に力を入れており、平成26年度904億円を予算化しました。地域ケア会議推進の中で、多職種協働によるケアマネジメント支援と地域のネットワーク構築を挙げています。その構成する専門職の中に歯科衛生士も含まれており、地域保健センター、障害者施設・介護保険施設などでの他の医療関係職種とチーム医療を行う現場で高度な専門知識を持った歯科衛生士が求められています。各々のステージでの活躍が社会的評価を得ることにより歯科界の発展に寄与することになるのです。
 一方、本学院にとって地方分権により憂慮すべきことがあります。地方分権改革で事務・権限の移譲等に関する見直しにより、本学院のような専門学校は国から県に認可されることになりました。厚労省所管の専門学校養成所(柔道整復師、理学療法士、診療放射線技師、理容師、あん摩マッサージ指圧師等)は指定規則の改定で、国から県への格下げになり、専門学校に対する社会的評価および受験生のイメージ低下につながります。因みに文科省所管の短大・大学は現行のままなので、専門学校との格差は益々大きくなるでしょう。ご周知のとおり、高卒の専門学校卒業生の最終学歴は高卒であるが、同じ歯科衛生士教育を履修した者でも短大卒は学士の資格が得られます。結果として、歯科診療所勤務の場合は別として、行政機関や大学編入、大学病院諸施設などでの採用時に不利になることは明らかです。
 さて、ここで視点を変えてみましょう。歯科衛生士業務は、歯科診療および歯科医療機関の機能の変化と連動するもので、資質の高い歯科衛生士を求めるかどうかは歯科医師自身の意識の問題であり、診療体制・技術レベルの問題と深くかかわっているように思います。言い換えるならば歯科医療機関における診療内容によって求める歯科衛生士のレベルに違いがあり、歯科助手の延長線に歯科衛生士を考えているならば、当然歯科衛生士の資質向上は不必要になります。しかし、歯科医療の現場では、歯科衛生士を活用したチーム医療を行っている歯科医師からは患者の指導管理に十分対応できるような歯科衛生士が必要であるとの声が多いのです。コ・メディカルにおいても同じことが言えます。優秀な歯科衛生士は、優秀な歯科医師を求めているのです。

                                                  東邦歯科診療所 院長
              宮城高等歯科衛生士学院 学院長
              全国歯科衛生士教育協議会 参与                
                           吉田直人      

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