遠野物語68

土淵村には安倍氏という家があって貞任の子孫だという。昔は栄えた家である。今も屋敷の周囲には堀があって水が通じている。刀剣馬具がたくさんある。当主は安倍与右衛門（よえもん）、今も村では二、三番目くらいの物持で、村会議員である。安倍の子孫はこのほかにも多い。盛岡の安倍館（あべだて）の附近にもある。厨川（くりやがわ）の柵に近い家である。土淵村の安倍家の四五町北、小烏瀬川（こがらせがわ）の河隈（かわくま）に館（たて）のあとがある。八幡沢（はちまんざ）の館という。八幡太郎が陣屋というものこれである。これより遠野の町への路にはまた八幡山という山があって、その山の八幡沢の館の方に向かえる峯にもまた一つの館址がある。貞任の陣屋だという。二つの館の間二十余町を隔つ。矢戦をしたという言い伝えがあって、矢の根が多く掘り出されたことがある。この間に似田貝（にたかい）という部落がある。戦の当時このあたりは蘆がしげって土が固かたまらず、ユキユキと動揺せり。ある時八幡太郎ここを通ったとき、敵味方どちらの兵糧なのか、粥が多く置いてあるのを見て、これは煮た粥かといったことから村の名となった。似田貝の村の外を流れる小川を鳴川（なるかわ）という。これを隔てて足洗川村（あしらがむら）がある。鳴川で義家が足を洗ったので村の名となったという。

○ニタカイはアイヌ語のニタトすなわち湿地から出た言葉だろう。地形とよく合っている。西の地域にてはニタともヌタともいうのはすべてこれである。下閉伊郡小川村にも二田貝という字がある。