遠野物語11

この女と言うのは母1人子1人の家で、嫁と姑の仲が悪かった。嫁はよく実家へ行って帰ってこなかったことがあった。その日は母は家にいて寝ていた時、昼の頃に突然息子の言うことには、ガガをとても生かしてはおけない、今日絶対に殺してやると言って大きな草刈鎌を取り出し、ゴシゴシと研ぎ始めた。その有り様が冗談とも思えず、母はいろいろなことを詫びたけれども少しも聞かない。嫁も起きてきて泣きながら諫めたものの少しも従う様子もなく、やがては母が逃げ出そうとする様子があるのを見て、前後の戸口を全て閉ざしてしまった。トイレに行きたいと言えば、自分で外から便器を持ってきてここでしろと言う。夕方にもなれば母もついに諦めて、大きな囲炉裏の傍にうずくまってただ泣いていた。息子はよくよく磨いた大鎌を手にして近寄ってきてまず左の肩をめがけて振り下ろ相当したが、釜の穂先が囲炉裏の上の棚に引っかかって斬れなかった。その時に母は深い山の奥で弥之助が聞きつけたような叫び声を立てた。
2度目には右の肩を斬りつけたが、これでもまだ死なないところに、里の人たちが驚いて駆けつけ息子を取り押さえすぐに警察官を読んで身柄を引き渡した。警察がまだ棒を持っている時代のことである。母親は男が捉えられ引き立てられていくのを見て、滝のように血の流れる中で自分は恨みも抱かず死ぬから孫四郎は許してくれと言う。これを聞いて心動かされないものはなかった。孫四郎は途中にその鎌を振り上げて巡査を追い回すそうとしたが、狂人だと言って無罪放免となり、家に帰って今も生きて里にいる。
○ガガは方言で母と言う意味である。