遠野物語9

菊池弥之助と言う老人は若い頃運搬業を仕事としていた。笛の名人なので夜通し馬を連れていく時などは、よく笛を吹きながら歩いていた。歩薄付きように、多くの仲間たちと一緒に浜へと越える境木峠を行こうと思って、また笛を取り出して吹きながら、大谷地と言う所の上を過ぎた。大谷地は深北に出会って白樺の林が茂り、その下は葦などが生える湿った沢である。この時谷の底から何者か高い声で面白いぞーと呼ぶものがあった。一同はことごとく顔色を失って逃げて走ったと言う。

○ヤチはアイヌ語で湿地の意味であり、内地に多くある地名である。またヤツ、ヤト、ヤとも言う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?