遠野物語87

人の名は忘れたけれど、遠野の町の豪家で、主人が大病をして生死の境をさまよっていたころ、ある日ふと菩提寺に訪ねて来た。和尚は丁重におてなしお茶などをすすめた。世間話をしてやがて帰ろうとする様子に少々不審なところがあるので、あとから小僧を見に遣らせたところ、門を出て家の方に向い、町の角を曲がって見えなくなった。その道でこの人に遭った人がまだほかにもいる。誰にもちゃんと挨拶して普段どおりの様子だったが、この晩に死去していて、もちろんその時は外出などできる容態ではなかった。後に寺では茶を飲んだかどうか茶椀を置いた場所を確認したところ、畳の敷合わせに皆こぼれていた。