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音は遅すぎるし反射しすぎ

 先日スタジアム規模のライブに行ってきたのだけれど、座る場所によって思ったより音が違っていた。それと前々から思っていた、音って遅いよね、という話をしたい。
 素人なので、間違いがあるかもしれません。ご了承ください。お気づきの点はお知らせください。

 音の速さは、概ね340m/sだ。1秒間に340mほど進み、時速にすると約1200km/h。光の速さは真空中で約30万km/s。時速に直したくない。音速の約88万倍だ。
 雷の光った時間と音が鳴った時間の差からどのくらい遠くに雷が落ちたか分かる、というのを聞いたことがあると思う。それはこの速さの圧倒的な差が原因である。光はとても速いので、目に見える範囲で雷が光ったとき、雷の発生時間とそれを見た時間はほぼ同じだ。人間にはずれを知覚することはできない。一方、雷から1km離れていれば、音が届くのはおよそ3秒後だ。音は1秒で340mしか進まないから、340m×3秒でだいたい1000m、ということ。

 1kmといったら、そこまで遠くないような気もする。走ることもできる距離だ。それでも音は3秒も遅れて聞こえるのだ。

 これをドームに当てはめて考えてみる。プロ野球本拠地の野球場は、中堅(ホームベース→二塁→外野)まで大抵120mある。ホームベースのあたりにステージが設置され、そこにスピーカーもあると考えると、外野席の最前列に音が届くまで0.35sもかかる。これはかなり大きい。例えばYOASOBIの「アイドル」は166bpm(1分間に166拍)というスピードなのだが、この曲だと0.35秒の間に約1拍進んでしまう。「無敵の笑顔で」の「むて」分ズレるわけである。同じ会場にいるのにこんなにズレていたらかなりズレている感じがするのではないだろうか。光は同じ会場にいれば同時に見ることが出来るので、ステージ演出と音がズレて見えるかもしれない。

 ではこの問題を解決する方法を考えてみる。
ひとつはデカいスピーカーを会場のど真ん中に置くこと。そうすれば、端と端の距離は最小限になり、ズレも少なくなる。ただしスピーカーの近くにいる人にとってはとてつもない爆音になるので、あまり現実的ではない。
 次に、スピーカーをたくさん置く。いろんな場所にスピーカーがあればズレそのものは確かになくなる。しかし今度は、別のスピーカーの音が遅れて聞こえてくるという厄介なことが起こる。スピーカーとスピーカーの間が30mだとしたら、0.1秒ズレて隣のスピーカーの音も聞こえるのだ。
では、隣のスピーカーの音が聞こえないように工夫をしたら?それは一つの正解で、そういう技術はすでにある。

 こちらの記事を参考にしているのだが、紹介されているように、ヴィッセル神戸のホームスタジアムでは導入されている技術だ。他にも、駅のホームで他のホームのアナウンスと混ざらないように使われていることがある(そうでないところでは、女性の声と男性の声で区別をつけたりしている)。

 このシステムがどのスタジアムにも入っていればいいのだが、やはり大規模なシステムのためかない場所も多い。それに、アーティストによっては決まったスピーカーがあるかもしれず、そのために総取り替えするのは現実的ではない。
加えて、ライブではアリーナ席にもスピーカーを置く必要があるが、スポーツの試合のときは邪魔にならない位置まで移動させる必要があるので、その辺りもコストになるだろう。

 スタジアムではどの席も音響を同じにすることはほぼ不可能だ。お金と時間が十分に使えるなら可能かもしれないが、設営時間も費用も限られている。結果として、音の良い席、悪い席がうまれるのは仕方ないことではあると思う。超小型で性能のいいスピーカーが開発されるとか、あるいは各々がワイヤレスイヤホンを持ってくるみたいな話になったら実現できるのかもしれない。


 次に反響の話。音は何かにぶつかると跳ね返ってくる。ライブでは、スピーカーから出た音を聞いた後に、ドームの屋根や後ろの客席なんかに跳ね返ってきた音も聞くことになる。やまびこのようなものだ。この制御もなかなか大変だ。先ほどの指向性スピーカーであれば反響音も減るのだが、誰かの耳に届いているということはその人やその人の周りのものに音が当たって跳ね返るということだ。だから反響音もゼロにならない。ちなみに人間はたくさんいるほど服や身体そのものに音が吸われるので、リハと本番の反響音も違ったものになる。夏のライブか冬のライブかでも、観客の服装が違うので音が変わる。

 音楽専用のホールであれば、この反響も計算に入れて設計されている。東京上野の文化会館小ホールは個人的にすごいなと思った。演奏者は反響音のことも考えて演奏しているのだけれど、それを綺麗に伝えられている感じがした。
しかしスタジアムはそもそもスポーツのための施設だ。音響ばかりを考えていては、その競技に必要な広さや客席の場所をとれなくなるかもしれない。それでは本末転倒なので、音響はいくらか犠牲になっているだろう。

 反響の話ついでにあとひとつ。演奏者の聞く反響音についてだ。小さな部屋で演奏するときと、大きなホールで演奏するとき、演奏者は自分で出した音を違って聞いているだろう。それは主に反響音の違いだ。音は普通客席に向かって出すから、広いほどその音はどこまでも広がり、戻ってくるのは遅いし、小さくなってくる。だから自分が出した音が聞こえない、ということになる。これは結構怖い。そのために、ライブでは返しやイヤモニがあって、自分が出した音を聞けるようになっている。

 それで、冒頭の聞きに行ったライブというのはQueen+Adam Lambertなのだけれども、そこでブライアン・メイのギターソロがある。彼のソロはディレイを使った演奏がひとつの目玉だ。演奏した音を少し遅らせて再び鳴らし、そこに重ねて新しい音を出してハーモニーを作る、といった感じ。部屋でその練習をしていたら、反響音のことはあまり考えずにディレイに合っているか確認しながら練習できると思う。しかしスタジアム規模でそれをやるのは難しい。すでに述べた通り反響音が遠いからだ。そのためにイヤモニをつけるのだが、Queenは約40年前にはイヤモニを使っていない(はず、間違っていたら教えてください)。その時にも同じソロはあるので、普通の返しの音を聞いていると考えられる。そうすると、自分の出した音、ディレイの音、反響音が混ざると思われる。もちろん、かなり練習して弾き込めば反響音は無視できるし、自分の出した音が聞こえにくくても練習どおり弾けばいい。しかし、それをやる度胸がすごいと思う。もしズレたらめちゃくちゃになってしまうような演奏法なのだ。完全に頭の中にフレーズが入っているのだろう。それがブライアンが数十年同じソロをやっている理由のひとつかもしれない。
 ちなみに見かけてしまったので別の方法、つまりボリューム奏法で反響音のタイミングを探して合わせるということについて考えてみる。これはディレイのタイミングを暗記するより危険な方法だと思う。まずひとつ、ボリュームを下げるスピードをどのライブでも一定にしなければいけない。さらに、反響音はそれほどクリアな音ではないので、明確に何秒後に音が返ってくるというのを測ることはほぼできないと思う。それをソロ演奏中にやるのは多分無理だ。恐ろしく耳がいいということももちろんあり得るのだけれど、そのタイミングに合わせてディレイ奏法をやるよりは、フレーズのタイミングを覚えているという方が現実味がある気がする。


 こういうことを長々と書いても誰の得にもならないけれど、わたし個人の満足にはなります。こういうことを考えるために音響工学がある(もちろん、別の用途もたくさんある)と思うと、勉強してみたい。今回雑な計算しかしてないけれど、ちゃんと波動方程式で干渉の式も導出して反響音の制御したりするんだろうなあと思うと楽しそう。数式をわちゃわちゃ計算して微分方程式を解きたいね。

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