沈黙は金なり、たぶんね

　この頃、少し前までに比べて「母親向いてなかった。子育て辞めたい」とか「子どもにもう育てられないって言ってしまった」といった呟きと、そしてそれらの言葉に対する共感と批判が増えてきたような気がする。もちろん私の観測範囲が変わっただけかもしれない。

　これらの言葉を目にするたびに、僕はグサリと突き刺されたような痛みと、そして希死念慮を覚えていた。少し前までは、批判なんてほとんどなくこんな言葉が溢れていたからだ。それこそフォローしているひとがひたすら子育ての愚痴を言っていて(それも数名)、結局そのひとたちをフォローしていたアカウントを消したりブロックしたりしてしまっていた。

　親のせいで幼い心に傷を負って、今も治らないまま抱えている僕にとって、子育てが辛いとかもう育てられないなんて言葉はナイフより鋭い。そう言われることを恐れて、自分の心を殺していい子を演じてきたからだ。だから大人になった今でも、親をやっているひとたちのそんな言葉を目にしたせいで病気は悪くなって何度も自傷行為に走った(いや、本当はそのひとたちのせいじゃないんだろうけど)。趣味のことでは良くしてくれたひとたちだけれど、結局縁を切ってしまった今は、それで良かったなと思う。まだ傷が癒えていない僕にとって、趣味友達ができるメリットより鋭いナイフが飛んでくるデメリットが上回っているから。そして育児辛いって言うひとたちに僕の現状が理解されるわけないから。

　自分で産むことを決めただろうに、どうして毎日愚痴を言うんだろう。悪口まがいの言葉だって溢れていた。僕がこんなこと言われていたらと思うと気が狂いそうだった。親には責任というものがあるだろう、子育てに対して。

　確かに大変だから愚痴くらい言わせてよ、という気持ちも分からなくはない。けれども、その言葉で傷つく人のことなんてすっかり忘れているかのような振る舞いが辛かった。まだまだ幼少期のトラウマが大人になっても尾を引くものだなんて知られていないんだろうな。それに、自分の子どもがこのツイートを見たら、なんて考えもしないのが怖かった。鍵垢で呟いていたって、何かの拍子にスマホの画面が目に入るかもしれない。ましてや公開垢で呟くなんて。しかも、子ども自身が見たらこれ自分のことだな、とすぐに分かりそうな呟きや写真のオンパレードだ。子育てが大変なのかもしれないけれど、もうちょっと、もうほんの少しだけでいいからこれでいいか考えてみて欲しい。

　だから最近になって、批判の引用リツイートがついているのにほっとしてしまう。それらだって結局は喧嘩の種、炎上の種、みんな傷ついて終わるだけのものなのに。他人にそのリスクを負わせて傍観してそうだよねと安心している僕は罪深い。安全なところから、こうしてぐだぐだと文章を書いている僕は最低だ。

　育児辛いという呟きとそれに対する批判、それはインターネットが可視化した闇とも言えるし、現代社会が抱える問題とも言えるだろう。公開垢で堂々と母親やめたいって言えたりそれに共感のリプライを送れるひとたちの家庭になにも問題がないなんて思えない。きっと本当に辛いんだろう。誰かも知らない、自分の母親でもないひとにきつい言葉を浴びせるひとたちだって、過去の出来事を思い出して、治っていない傷が痛んだからやり場のない怒りをそのツイートにぶつけているんだろう。僕だって他人だと分かっていても文句のひとつくらい言ってやりたくなるから。

　結局、そういうひとたちを、つまり親に傷つけられた子どもや元子どもたちと、育児がとてもつらいひとたちを、どうにかして助ける方法や仕組みがないといけないんだろうなと思う。そして僕はその為に頑張っているひとたちが世界中にいることを知っている。だからたぶん、明日は、そしてもっと先の未来は、まだましになっているはずだよ、と思いながら口を閉ざす。僕は意気地無しなので、迂闊なことを呟いて傷つくのはもう嫌なのです。