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おひとり様を感じた日

 ある土曜の昼下がり、突如マックポテトを食べたい衝動に駆られた。マックのポテトが不足するので1週間ほどマックでのポテトの購入がSサイズに制限されるというので皆マックに駆け込んだ、という騒ぎがあった。自分はその手の流行には乗らないと決め込んでいる節があるので、「あ~そうですか」と他人事としてニュースを眺めていた。その日は騒ぎが落ち着いて少しした時期だったので、自分では意識していなかった頭の片隅に潜んでいたポテト食べたい欲求が、もういいかな?と頃合いを見計らって顔を出して来たのかもしれない。一度そうなるとどうしても食べたくなってくる。よし、今日の昼はマックにしよう。少し遠いけど、会社から一番近くのマックに行くことにした。

 大きい大学が近くにあるそこのマックは、土曜日にも関わらず店内外と学生らしき若者で溢れていた。注文を待つ客たちも長い列をなしていて、自分もマックポテトを頭の中でイメージしながら注文の列に並んだ。

お店の人が慣れていないのか、列はゆっくり、ゆっくりと進んでいる。気にすると時間がより長く感じてしまうので手元のスマホを弄り気を紛らわす。
だんだんと自分の番が近づいてくる気配を感じる。

「ωΔ∟X§ζ~、¬ΞЖФ★~」 
店内の話し声や、開けっ放しの入口の外側を走る車の音や店員同士の連絡を取り合う声、注文ができた事を呼びかける声が入り混じり、自分の頭の周りを騒音で包み込む。

「ωΔ∟X§ζ~、¬ΞЖФ★~」カウンターのおねぇさんが叫んでいる様子をスマホ越しに僅かに感じる。
「ωΔ∟X§ζ~、¬ΞЖФ★~」
おねぇさんの声は止まない。その声が騒音からだんだんとクリアな音に変わってくる。呼びかけている対象者が現れないのか?状況を覗こうとカウンターの方を見る。

 声の出どころと思われるおねぇさんが自分の方を向きながら連呼する。
「おひとり様~!おひとり様~!」

 呼びかけているおねぇさんの窓口を見ると、誰も注文をしていない。
自分の前には誰も並んでおらず気づけば先頭になっている。。おねぇさんが自分に呼び掛けていたという事態にようやく気づいた。

 退屈な時間から気を逸らそうとして、カウンターに注意が行かなくなっていたというのもあるが、まったく想定しない言葉の呼びかけに、私の脳が反応しなかったのだ。もしこれが「次の方~」などと言っていたら、私の脳は無意識にでも反応していたと思う。しかし「おひとり様」が私を呼びよせるための言葉だとは私の脳が認識しなった。

 確かに自分はひとりだ。周りから見ても私がひとりなのは明らかだ。レストランに入って、「お一人様ですか?」と聞かれる事はある。しかし「おひとり様~」と大きい声で声がけされたことはない。

 いや確かにおひとり様だけどさ、そんな強調しなくても・・・
と、心の中で自分に自虐的なツッコミを入れて笑った。

 そのおねぇさんは、留学生なのか若干日本語が拙く、どういうべきかが分からず選んだ言葉がそれだったのだろう。「次~」だと恐らく日本語だと失礼になるだろう、相手は一人だ。様を付けると丁寧になる。なんて考えて「おひとり様」になったのだろうか?彼女の言語だと何と言うのだろうか?などと「おひとり様」という言葉に至った経緯を想像すると面白い。
 自分が外国語を使う場合の事を考えると、おねぇさんの状況はとてもよく分かる。言葉には直訳できないその状況に適した専用の言葉というものが数多くある。
 例えばエレベーターで居合わせた人に、どうぞ先に降りてください、と伝えたい時、日本語だと「お先にどうぞ」や短い言葉では「どうぞ」だけでも意味は通じる。しかし英語に直訳すると「Please」になってしまい、お願いする意味になってしまう。その場合は「After you」と言うべきなのだが、この言葉を知らないと言うのは難しいだろう。

 そのおねぇさんは、もし私が2人連れだったら、「お二人様~」と言っていたのだろうか?

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