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越美北線魅力発見隊 まち歩きin美山③ 大宮駅・計石駅周辺

【経緯】


新幹線開業に向けて越美北線を考える会は、福井県福井市、東郷地区の有志を中心に、新幹線開業時に歴史・文化・風景などを中心とした見どころを伝えられるようにしたいという思いで、景観について考えたり、利用促進につながる事業をしてきた。
今年3月には、沿線地域住民や行政の方と座談会を開き、越美北線や地域交通のあり方について自由に意見を交わした。
地域住民が主体となって、自分たちの住むまちや周辺地域全体のことを考えていくことが大切なのではないか、協力できることはみんなでという気運が高まってきている。

【目的】


沿線地域の方たちと協働して、沿線地域の魅力発掘作業に取り組み、越美北線の利用促進を促すために、1年かけて「越美北線沿線魅力マップ」を作成したいと考えている。

イベント主催者: 新幹線開業に向けて越美北線を考える会

【事前打ち合わせメモ】


計石の公民館にて打ち合わせ

計石という地名の由来についてはチラリと耳にしたことはあったが、車で大野市と往来する場合はバイパスを通ることが増えて、計石駅周辺はほとんど通らず正直何も知らない状況だった。だからこそ、歩いてみたい。そこに住む人の話を聞きたいという欲求が大きかった。
計石に住む隊員の方から松田先生をご紹介いただいた。松田先生の説明はわかりやすく、歴史的な事象も「何年何月」まで正確に話してくださった。

先生は、戦後からの町内の世帯数の推移や屋号までもを記録されていた。その一覧表を見ると面白いことに、計石は「ひなた区」と「かげ区」に区分けされていた。山間部にある町なので、日の当たる北側と日照時間の短い南側とに分けられている。先生はそのかげ区の中でも一番日の当たらない場所に住んでいると笑っておられた。
町外に移転していった戸数を見て、ふと昔の住人の生業について質問してみた。春から秋にかけては山仕事とわずかな田畑を。冬は父親が単身で出稼ぎに行く家が多かったとのこと。女性が道路の補修をすることもあったという。
他にも花山峠や新旧白山神社について、昔ばなしなど話題に事欠かなかった。
また、大宮については大宮在住の宮田さんのご協力をいただいた。ずっと気になっていた動物がたくさんいるお宅のご主人でもある。

【越美北線魅力発見隊 まち歩きin美山③ 大宮・計石】


158号線を通る時いつも気になる「ふれあい園」

11月13日は10名の参加。まち歩きは、大宮駅周辺を歩いた後、計石駅まで車で移動してまた歩くという2部構成とした。
大宮駅には信号のある交差点を曲がれば到着するのだが、道路標識がないため、気付かず通り過ぎてしまう可能性がある。地元の人しか使わないという認識なのだろうか?
大宮では、宮田さんのお宅の動物たちと触れ合い、小学校の通学路を童心に帰って歩き、大宮八幡神社で神主さんからお話を伺った。

気候の良い時期には、大宮駅の線路沿いで草を食べる白馬の姿を見ることができる。
越美北線に乗っていて、もし見かけることがあればラッキーだ。

福井と大野、あるいは美濃(岐阜県)を結ぶ大切な交通路が通る街道は、鎌倉時代初期には源義経、戦国時代末期には朝倉義景の逃避行にも使われたという。江戸時代には荷物の運送のために馬貸しをしていた。1872年(明治5年)の記録には、大宮では50頭以上、計石では46頭の馬がいたとされている。

小学生が歩く通学路を通らせてもらう。なんとなく童心に帰った気持ちになる。
大宮八幡宮の境内には立派なイチョウの木がそびえたっている。



車で計石まで移動すると、松田先生が10月に竣工式を終えたばかりの新しい白山神社で待っていてくださった。

計石の新しい白山神社。新しいバイパス沿いにあり、階段を上る必要がない。


反対側の山の斜面のイチョウの木の辺りが、旧白山神社がある場所


旧白山神社は階段を80段登る必要がある。
雪の積もる正月の参拝は、年配の方には年々難しくなり足が遠のいてしまうという。
これが「計石」という名前の由来となった石の一斗桝。
お米が一升瓶で10本分入る大きさ。(お米15kg分)
お米の量を計る基準となる石がある村ということ。


越前狛犬らしきものたち


明治〇年。ちょうど数字部分が読み取ることができない。誰が何のためにここに?



庭木の雪囲いと頬杖造りの蔵。冬の雪の深さを物語っている。


お疲れさまでした!

これでひとまず越美北線魅力発見隊のまち歩きは終了。
この後は、追加取材とまだ回れていない場所を興味のある人で訪れることに。
年が明けたら、越美北線魅力発見隊 まとめの会を予定している。
春には越美北線沿線魅力マップ(仮称)が出来上がる、はず。

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