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LanLanRu文学紀行|奇巌城

モーリス・ルブラン著

『奇巌城』。1909年発表、アルセーヌ・ルパンシリーズの第4作目。
神出鬼没、変身自在、大胆不敵な大泥棒。いくつもの顔で人々を惑わし、ある時は探偵として、またある時はフランスを愛する愛国者として、数々の冒険に身を投じていく、アルセーヌ・ルパン。
そんな怪盗紳士の活躍を描いたルパンシリーズは、子供の頃から図書館の児童小説の棚に並んでいて、少年少女向けのスリルとサスペンス満点の冒険ミステリー小説として紹介されていた。
けれどもルパンが児童小説?とんでもない・・・・!たしかにルパンは、まるで少年漫画。あっと驚く華麗な手口にわくわくしながら、子供の頃に夢中で読んだ。だが、ルパンはフランスの歴史を知っていると、2倍か3倍はたっぷりと面白いのだ。子供のものだけにしておくのはもったいない。

歴史ロマンたっぷりのミステリー『奇巌城』

この『奇巌城』に至っては、第四作目にして、ものすごい盛り上がりを見せている。はじまりはノルマンディーのジェーブル伯爵邸。ここで起こった殺人事件が発端になり、高校生探偵イジドール・ボートルレとルパンとの推理合戦が繰り広げられていく。いつも通りにガニマール警部と、ちらりと、イギリスのあの有名な探偵ホームズまで登場してきて、イジドールに花を添える。ロマンスあり、暗号あり、活劇ありの大冒険!

さて、はじめは順調に解決に向かうかに見えた殺人事件だったが、事件は次第に壮大な全貌を見せはじめる。イジドール奮闘の末、明かされていくのは、フランス王家に関わる重要な秘密。それははるか昔から、カエサル、シャルルマーニュ、ロル、ウィリアム征服王、リチャード、ルイ11世、フランソワ1世、アンリ4世、ルイ14世、ルイ16世へと受け継がれてきた秘密だという。なんという壮大なロマンだろう。
この事実を知っていたから、カエサルはガリアを制服することができたというのだ。また、この事実を知っていたから、ノルマン人はこの地方を制圧し、やがてこの領土を拠点としてイギリス、シチリア島を征服し、新大陸を征服するにいたったという!そしてジャンヌ・ダルクがシャルル7世に明かして以来、この秘密を手に入れたフランス国王たちもまた、力を強め、次第に強大な国家を建設し、栄光と権力を手にすることができたというのだ。
しかし、王たちの秘密は革命によって失われてしまった。誰にも知られず朽ち果てるままになっていたが、それを再び見出した者こそがルパンであり、この秘密を手中にしているが故に、彼は稀代の大怪盗となることができたのだと、ルブランは言うのだった。

そして『カリオストロ伯爵夫人』へ

ルパンシリーズの中でも『奇巌城』が面白いのは、こうしてルパンの最も重大な秘密が明かされるからだ。挫折を繰り返しながら、一歩一歩、謎を解いてゆくイジドール少年に導かれて、私たちもまた、ルパンの秘密を覗くこととなる。
そして、それだけではない。『奇巌城』では、ルパンシリーズの今までの3作が、ある意味ではルパンの秘密に至る伏線であったことが明かされる。例えば『謎の旅行者』でルパンは電車に乗って、どこに行こうとしていたのか。また、『獄中のアルセーヌ・ルパン』のカオルン男爵事件や、『遅かりしシャーロック・ホームズ』のティベルメニル城の事件は一体どこで起こっていたのか・・・。
更にこの『奇巌城』の謎はまた、後年の作品、『カリオストロ伯爵夫人』で明かされる「4つの謎」へと繋がっていくのである。こういうところ、モーリス・ルブランは本当にうまい。『813』『水晶栓』『金三角』など、他にも面白い作品はたくさんあるのだが、やはりこの『奇巌城』、ルパンシリーズの中でも、大事な鍵になるお話なのだ。

さいごに

歴史ロマン、サスペンス、ラブロマンス。ルパンの魅力の全てが詰まっている『奇巌城』。終盤は特に怒涛の展開。イジドール少年とルパンの対決は、二転、三転しながら緊迫感の度合いを増し、どんどんと盛り上がっていく。爽やかで頭脳明晰、警察も頭を抱える難事件をいとも鮮やかに解決するイジドール少年と、対してルパンもやっぱり手強い。秘密の組織を率いて、圧倒的な力でイジドール少年を翻弄する。
読むたび心躍らずにはいられない。スリル満載の『奇巌城』なのだった。


■ 補足:エギーユ・クルーズについて
ちなみに、「エギーユ・クルーズ」のモデルとなった大針岩はエトルタの海岸に実在している。石灰層の地質が波と風の影響を受けて、自然の奇観を生み出したらしい。
ルパンの作者、モーリス・ルブランは1915年からエトルタに暮らしており、今は彼の住居にモーリス・ルブラン記念館、通称「アルセーヌ・ルパンの隠れ家(Le Clos Lupin)」がある。だからこのエトルタは、ルパンファンにとったら、ちょっとした聖地のようなところなのだろう。最近人気のドラマ「Lupin/ルパン」を見ていたら、エトルタの海岸に、シルクハットとマントをつけた、たくさんのルパンが歩いていた。「奇巌城」は、やはりルパンの核ともいうべき場所なのである。


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