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「今さら」というワードが増殖する

 
シリーズ 二代目社長の治める国(2)
 
 今朝はネットのニュースに、『五輪無観客に』という記事が並ぶ。一部の競技会場、あるいは時間帯などを無観客にするべく調整をしているということだ。それに伴って、書き込みも増える。コロナや五輪に対する無能トップの対応は、書き込み数の伸びしろがちがう。ちょっと目を離した隙に、500,1000と数が増している。
 
 その書き込みを見て、もったいないなぁと思う。いいことが書かれているし、文章もしっかりしている。単純な罵倒はほとんど見当たらない。それらはどんどん、水洗トイレのごとく流されていってしまう。書き込みが何千も行くころには、あの無能トップたちが次のネタを提供するからだ。
 
 今の日本の人たちは、もしかしたらとっても貴重なものを見ているのかもしれない。あれほどみっともなく、右往左往している権力者の姿など、そうそう見られるものではない。
 通常であれば、権力者の抑え込みの相手は庶民や野党なので、体制の持つ権力や圧力を駆使してしまえば済む。いかに反対勢力が「みっともない」と叫んでも、負け犬の遠吠え的な声にまでかき消せる。しかし今回は相手がウイルス。体制の力ではどうにもならないものだ。
 たとえトップが周囲に苛立ちを見せたとしても、忖度して動きようがない。苛立ちの元がジャーナリストの追及であれば、さまざまな手を使ってつぶすことができる。しかし「新規感染者数がなんで下がんないんだ!」と苛つかれても、対応しようがない。
 権力というものは、人的なことならなんとでもなるが、物質的なことまでには及ばない。しかしそれをのうのうと、及ぼそうとしている。それも大真面目に。現在の状況にさして被害を被っていない人であれば、とんでもなくぜいたくなコメディーを無料で見られていることになる。
 
 これから新規感染者数が上がるにつれ、小出し小出しに方向転換がなされ、「今さら」という記事が増えることだろう。書き込みにも、「今さら」という文字が増えるかもしれない。今回のこのネットニュースだって、「今さら」だ。
 これから五輪までの間、「今さら」の羅列になるのではないか。ニュースやコメント、書き込みなど、あらゆるところに出てくるこの言葉が「今さら」と書かれるか「今更」と書かれるか、どっちが多いだろう。そんな観点にも注目して、あの無能トップ集団の超小出し政策を今後も見ていこうと思う。
 
 まずは終電延長の取りやめあたりから始まるのではないか。

駄文ですが、奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。