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肉関係のお仕事は鼠経ヘルニアになりやすい(1)

(煮込みのミニコミ)
 
 ひとり豚モツ業者を廃業した理由はいくつかあるが、その大きなものは身体を壊したことだ。
 
 休日もほとんどなく、朝6時から深夜まで働き詰めだった。「週休0.5日の15時間労働」、といったところか。ただ、勤め人とちがって自分のタイムテーブルで動けるので、正直に言ってしまえばさほどつらさは感じなかった。だが、それほど動いていては、身体がもつはずがない。さまざまな故障が出始めて、ようやくやめようと決意が固まった。それでもずるずると延ばしてしまい、やめる前の年には何度か手術する羽目になった。
 
 手術のひとつは鼠経ヘルニアだ。腸を包んでいる膜が破れ、腸がはみ出してしまう病気だ。手術では、膜の代用品を身体に入れ、腸がはみ出さないようにする。その代用品は、メッシュの生地だというのだ。
 
 鼠経ヘルニアになる原因はいくつかある。痩せているので生まれつき腸壁が薄いとも医者に言われたが、やはり最大の原因は、重い物の持ちすぎということだった。重い物を持ち上げたり引っ張ったりすると、腸を包むお腹に多大な圧迫を加える。それで、破れてしまったのだ。それがヘルニアの原因なので、重くて形の不規則な肉を日々運ばなければならない食肉業社は、鼠経ヘルニアになりやすい。ぼくが手術することを言うと、「おれも以前やったよ」と方々から言われた。
 
 実際、鼠経ヘルニアで手術をすると言っても、同業者に心配する者は皆無だった。手術の経験者ばかりだからだ。2回やった、3回やったという者もいた。そのほとんどは、たいしたことない手術だと軽く言う。人は経験をしてしまうと、よほど苦しい思いをした人以外は、後に続く人に冷たいのだ。あんなのより歯医者の方がよっぽど痛いぜ、という者もいた。
 
 ぼくはほぼ毎日、屠場から帰ってきた3トンロングから満載のモツを引っ張り出して冷蔵庫にしまっていた。それが祟って鼠経ヘルニアになってしまったのだ。

サンテナ

 
 こんなのを6枚から7枚くらい重ねて、それを引っ張っていたのだ。これは加工したパックものだが、本当はもっと生々しいものだ。さすがにそれらは載せられないので、これにした。内容物はちがうが、重さは大体分かっていただけると思う。7枚くらいだと自分の身長に近い高さになり、だいたい150キロくらいか。パッと気軽には引っ張れず、重量挙げの選手みたいに息を整えてから動かした。

カギ棒

 
 引っ張るのはこんなカギ棒。サンテナの一番下の段に引っ掛けて、引っ張る。外れてしまうと反動でうしろにすっ飛んで大けがしてしまうので、ゆっくり慎重に引っ張らなければならない。
 
 これを繰り返して、3トン車からおろしていく。運転していた社員は社長のことが大っ嫌いで、到着するとサッサと帰ってしまうので、ほとんどぼく一人だった。
 
 なんでそんなことをと思うだろうが、これを受け持つと、優先的にいいモツを押さえられるのだ。それに社長はワンマンで自分勝手だが人はよく、こちらが手伝っていると気をよくして、ある程度はタダで持っていっていいと言う。ようは、ワリを食ったのが半分、役得を買って出たのが半分といったところ。商売というものは、常に曖昧なのだ。
 
 こんな作業を夜中にやるのだから、身体を痛めても当然と言えた。ある日トイレで、右の下腹、脚の付け根に近いところが妙に出ているのに気づいた。片側だけ出ているので、とてもアンバランスだ。これはすごい病気なのではないかと、その場で青ざめた。
 
(つづく)

駄文ですが、奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。