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ファラフェルと夏の思い出

これは昔私がベルリンに住んでいた時の話である。
私は酒飲みであり、ベルリナーに負けず劣らずビールをよく飲んだ。Barでは基本つまみが無く、(あったとしても、いつからあるのかわからないプレッツェル)とにかくひたすら酒を飲んだ。そして、締めのケバブを明け方食うという(もちろん毎日ではないが)何とも勇ましい生活をしていた。日本で飲みに行くとなると、だいたい居酒屋で何かつまみをお供に酒を飲むのが割と常だと思うが、移住した初めの頃はこのベルリンの飲み方に慣れなかった。
月日は経ち、5年も過ぎればドイツ人の友人も関心する飲みっぷりの日本人になった。ビールを2リットル飲んで、ウォッカやテキーラショットを繰り広げた後に、締めのケバブ、という流れに何の異論も持たなくなっていた。
その日は、友人たちとBarで繰り広げたあと、家に帰る途中、一人でケバブではなくファラフェルを買った。広い公園の近くのファラフェル屋で、夜遅い時間にも関わらず賑わいをみせている。注文したファラフェルサンドを受け取り、会計を済まして歩きながらかぶりついていた。
その公園には昼夜を問わず、多くのマリファナの売人が働いていた。私はその公園を横切るのが近道なので彼らによく会ってしまうのが嫌だった。なりふり構わず「マリファナ、マリファナ」と近づいて売ろうとしてくるのだ。「ニーハオ、コンニチワ〜マリファナ?」
まだファラフェル屋から歩いて15歩くらいだったか、やはり、売人はやってきた。
「ニーハオ、ニーハオ。マリファナ、アレスグー(元気ー)?」
絶対に嫌だ。私は売人の顔をキーっと睨みながら、ファラフェルサンドにかぶりついて、歩みを止めないようにした。
「ニーハオ、ニーハオ。マリファナ?マリファナ?」
もう、本当にしつこいし、日頃からの蓄積もありとうとう我慢が出来なかった。
「ヘイ君!ニーハオ、ニーハオってしつこい!マリファナいらない!私を何人だと思ってるの?いい?見た目が似てるけど、私が中国人だとは限らないんだよ!で、君はどこの国出身なんだ?」
アジア人女性が、大きな声で怒りあらわに話してきたためか、その売人は完全に怯んでいた。
そして、なんだかヘラヘラしながら小さな声で
「カメルーン」
と答えた。
「じゃ、カメルーンとチャドと南アフリカはみんな言葉が一緒なのか?」
売人は首を横に振った。
私はあまりアフリカ大陸に詳しくないので、ギリギリ頭に浮かんだ国を言っただけであったが、一度入ってしまったスイッチはなかなか切れなかった。
「君はカメルーン出身である誇りとか無いわけ?日本と中国と韓国って違う国で違う言葉があるの知ってるの?マリファナなんか売ってないで、勉強しなさいよ!」
なんとも面倒くさい人に声をかけてしまったな、と売人のお気持ちをお察しします、と今なら言えるが、その時は何だか必死だった。
気づけば、ファラフェル屋から店の人やら客やらが、ワラワラ集まってきていた。
「大丈夫かい?」
と私を心配してファラフェル屋のおじさんが近寄ってきて、その売人が悪者の立ち位置として考えたようだった。
「ありがとう。大丈夫です!」
わたしも、売人もヘラヘラしながらその場から素早く消えていった。

様々な人種や言語が共存するベルリンの街のあの公園で、あのカメルーン出身の売人はマリファナを売っているのだろか。
カメルーンが地図上でどこにあるのか、ファラフェルはイスラエルの料理だとか、ケバブ屋はトルコ人がやってるとは限らないとか、インド人がやってるキオスクだと思って勝手に「インド」と呼んでいた店のおじさんは実はスリランカ人だったとか。
日本にいた頃にはあまり気にしていなかったことをマリファナの売人に放った言葉で自分自身がはっとした。
「勉強しなさいよ!」
私だった。

ファラフェルの国からは遠い日本で、初めてファラフェルを作ってみた。懐かしい味が広がった。そして、イスラエルではなくあのベルリンの公園の側の風景が浮かんできた。