「アイドルマスターシャイニーカラーズの話をする」



・いきなりネガティブな事を書いてしまうのだけれど、ここのところ、様々なストレスが様々に折り重なった結果、あまり大丈夫でない日々を過ごしている。

・そんな中、「アイドルマスターシャイニーカラーズ」というゲームの存在が一縷の光となって差し込んできた。彼女たちのおかげで人生がだいぶ大丈夫になったので、今日はその話をします。初めに言っておきますが、かなり長くなる予定。


・私はアイドルマスターというコンテンツ自体に詳しい訳では全くなく、むしろ学生時代はμ'sの活躍する世界線に傾倒していた事もあり、アイマス界隈を意図的に遠ざけていたような気さえする。アプリも、シンデレラガールズやミリオンライブをインストールした事はあるが、チュートリアルだけクリアしてやめてしまったという前科がある。強いて言うならステラステージに関しては、プレイ動画を見た事があるので他よりも多少キャラクターへの知識や愛着はあるものの、アイマスの歴史を追ってきた人間から見れば私は明らかににわかであり、本来ならアイマスについて何か語れるような人間ではないと言う事を最初に断っておく。

・ではなぜ今回アイマスの記事を書こうと思ったかと言うと、何気なくインストールしたこのアイドルマスターシャイニーカラーズというゲームに、「すっっっげ」と思ったから。

・単純に登場する女の子が可愛いという事もあるが、何より、私のような脳みそ先行でコンテンツに取り掛かる解釈厨オタクにとって、このシャニマスというゲームはあまりに示唆に富んでいて、解釈しても解釈しても追い付かないのである。プレイ開始から時間が経っていないとは言え、その世界の深さに度肝を抜かれてしまった。

・前置きが長くてすいません。シャニマスがすごいという話を聞いてもらいたいあまり早口になった。否、この記事は初めから最後までずっとオタクが早口で妄想を喋っているので、心して読んでね。


・そろそろ本題に入ろうかな。今回誰の話をするかと言うと、私が最初にプロデュースをするキャラクターとして選択した、大崎甜花さんの事を中心に書きます。

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・回りくどいことは重々承知の上、そもそも何で甜花さんを選んだのかについて書くよ。私は先にも挙げたステラステージでは萩原雪歩さんというアイドルを応援していて、違う畑にはなってしまうけれど、ラブライブシリーズでは小泉花陽ちゃんという子を推している。何となく自分に自信のない女の子を推す傾向にあるのか……?と思いながらアイドル選択画面を眺めていて、見事に甜花さんが気になったという訳だ。

・これは甜花さんを選んだ理由にも関係してくるのだが、シャニマスに出てくるアイドルの中には、アイマスの元祖とも言える765プロオールスターズのアイドル達の、より完成度を高めたというか、より現代的にカスタムされた存在がいるという話を聞いていた。分かりやすい例でいえば、菊池真さんの系譜にあるのが白瀬咲耶さん、如月千早さんの系譜にあるのが風野灯織さん(渋谷凛さんの系譜を受け継いでいると言われる事も多いので、その二人がベースになっているんだろうな)、といった具合。これについての話も今度しようかな。

・そうして萩原雪歩さんの系譜は誰かと考えた時に、やはりそれが大崎甜花さんなのではないか、と思った。すぐ弱気になり、引っ込み思案かつ悲観的でインドア趣味、とか、二人に共通する、お互いを想起させる要素が多い。という訳で、「彼女が雪歩さんの……?」という感じで惹かれてしまい、まんまとプロデュースアイドルに選択した。あと顔が可愛い。ね。


・大崎甜花さんという女の子の性質を簡単に言ってしまうと、基本的に自分に自信がなく人見知りで、家に引きこもりがちな上、自分の身の回りの事すら出来ないダメダメっぷり、といったような具合。顔はそっくりだけれど性格は真逆な大崎甘奈さんという双子の妹がいて、甜花さんがアイドルになった動機も、その甘奈さんに勧められたという、主体性に欠けるもの。

・雪歩さんがベースになっていると認識する以上、やはり彼女と比べてしまう部分があるのだけれど、完成度を高めたと言うには、雪歩さんと違って甜花さんは自信がない上に実力もそれ程伴っていない印象だ。つまり単純に「人間の出来」としての完成度ではなく、キャラクターの在り方、解像度の高さといった点での完成度であることが、この時点で分かる。では何が彼女を、より完成度が高められた存在たらしめているのか、それは妹である甘奈さんの存在に他ならない、というのが私の解釈。

・この意味はたぶん後で分かると思うので、ひとまず本題を進める。

・ざっくりと甜花さんの大枠についての話をしたが、そんな彼女が果たしてどんなアイドルに成長していくのかという点、ダメな姉としっかり者の妹という関係性、これらへの興味が非常に高まったので、彼女を精力的に応援する事を決めた。


・断っておくと、私はシャニマスを始めてかなり日が浅く、あの東京フレンドパークのフラッシュザウルスとポケモンを掛け合わせたようなゲームがどうにもド下手なので、残念な事に未だ甜花さんをWINGの決勝戦にすら連れて行ってあげられていない。そのためtrue endを見る事叶わず、これから話す事が検討違いという可能性も充分にあるのでご了承いただきたい。

・プロデュースしていて感じた、甜花さんの印象。この子、思っていたよりダメダメだな。

・家にこもりがちでゲームが大好き、とまでは頭に入っていたけれど、どうやらこの子はゲームをやっていて食べたお菓子だとか飲んだ飲み物のゴミは部屋着のポケットに突っ込んでしまうし、歯磨きも着替えも1人で出来ない、或いはやろうとしない。甘奈さん、もしくはもう一人のユニットメンバーである千雪さんに手伝ってもらわないといけないという始末。

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・こういう「外側」の設定だけ見れば、姉である甜花さんがしっかり者の妹である甘奈さんに依存しているという形を取っているように見える。実際に生活の面ではかなり甘奈さんに頼りきりだし、仕事も甘奈さんと一緒の方がやる気が出る、というような発言をする。ので、依存しているというのはある意味では全く間違っていない。

・しかしこのシャイニーカラーズの凄い所はここからで、(他のシリーズをプレイしていない身としてはどうしても「シャニマスは」という限定の形を取らざるを得ないのだが、)シャニマスのキャラクターたちは、必ずしも「属性」のようなものに当てはめられない、人間としての解像度があまりに高い、と考える。

・普通、アニメやゲームのキャラクターは、ある設定を与えられて、それに合わせて行動原理や言動が後から付いていく形をとると思う。しかし彼女たちは、その思想や行動が時に矛盾したように見え、否、それは決して不自然でキャラクターの性質を大きく歪めるようなものではない。人間が当たり前に持ち合わせている相反した要素で、さしずめ谷川俊太郎の詩「春に」で歌われているような、生きるエネルギーが必然的に持つ矛盾であるように感じる。つまり、そのような人間の自然な在り方に従い、特徴的な要素を持ったキャラクターたちが生活している所を、便宜的に属性を示す呼び名を当てはめることがあるという、一般的なキャラクターとは在り方の順番が逆なのではないだろうか。

・彼女たち、いるんだよな…………。

・つまり何が言いたいかというと、甜花さんは、「自分は実力もあまりないし甘奈さんのように明るく社交的でもないので、つい自信のない発言をしてしまう」という性格、性質を持っているのと同時に、本当は自分が全く何も出来ない訳ではないという事を頭の奥では理解していて、いっそトップに立つことが出来る実力を秘めてすらいるのに、それが今までの人生で実績として現れた事がないから、確かな実感を持つことができない、という悪く言えば屈折した心情を持っているのではないかという印象を受けた。

・甜花さんは、甘奈さんの庇護下から抜け出した時にきちんと発揮できる実力と度胸を持ち合わせていて、甘奈さんという存在がそれを抑制していると見ることもできる。今までそうして生きてきたから、その抑圧に対して甜花さんが何か特別な認識を持つ事もないという状況。こういう、環境とか周りの人間に自分の言動が意識的にでも無意識的にでも抑圧されてしまう事、私たちが生きていても普通にある事だし、少なくとも私にとってはあまりにも身に覚えのある感覚だな。

・ただ、彼女がだらけたがりでおうち大好きな引きこもり気質であるという事実は変わらないので、今述べているものはあくまでも甜花さんのわずか一部であり、これが全てであるという言説ではない。

・つまり、1人でもアイドルとしてやっていける甜花さんと、甘奈さんと一緒がいい甜花さんは相変わらず常に同居しているのであり、これはどちらか一方に傾倒する事を良しとするストーリー展開では無いのだ。言うなれば、甜花さんのアイドル性を尊重しながらも、甘奈さんに甘えがちな彼女のアイデンティティを決して否定しない。それが非常に新鮮であったし魅力的に感じた。

・765プロの雪歩さんは、臆病で悲観的な性格を変えるために一念発起してトップアイドルを目指す、という動機を持ったキャラクターで、最終的な目的は「臆病で自信のない性格の克服」にあるのだが、一方甜花さんはというと、人見知りで弱気なその性格を、ひょっとすると抱えたままでもこれからの生活に支障はなく、何とか生きてしまえるのだろうとすら思う。結果的に彼女はトップアイドルに向かって頑張る事にはなるけれど、その目的は臆病な性格の克服ではない。元々甜花さんの持っている、自分の実力を発揮できる部分、一人でも仕事に取り組めるという性質、これらと臆病な性格とのバランスをうまく取り、「そのままでも生きていける大崎甜花という人間」でなく「トップを目指すアイドルとしての大崎甜花」へと是正していく、調整していく事が目的なのではないかというのが私の解釈だ。

・そしてそういった、言ってしまえばよりカウンセラーの側面をより強く担うのが、シャニマスにおけるプロデューサーの存在なんじゃないかなあ。

・シャニマスの多様性を良しとする風潮はとても文人主義的であり、それはストレイライトのメンバー(特に黛冬優子さん)に顕著であると思っているので、彼女らについて書く機会があればその時に詳しく掘っていきたい。閑話休題。


・以上から考えられる事、今回もう一つ言いたい事は、本当に相手に依存しているのは甘奈さんの方である、という事。みんな大好き共依存。

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・シャニマスにおいて、顕著な利他主義者と言えば真っ先に白瀬咲耶さんを挙げる事が出来るが、咲耶さんはどちらかと言うと「他人の喜び」という点に重きを置いている反面、大崎甘奈さんは甜花さんに対して、「自己犠牲」のもとに成り立つ利他的な側面を持っているように感じる。

・私は甘奈さんをまだプロデュースしていないので以下は全て憶測の域を出ないのだが、ダメダメな甜花さんの事が大好きな甘奈さんは、実は甜花さんに比べてアイドルへのモチベーションがそこまで高くないのではないかという第一印象を持った。

・「甜花ちゃんがアイドル活動しているのを見てるのが嬉しいし、私はその甜花ちゃんと一緒に仕事が出来ればそれだけでいいから」みたいなことを言いそう。つまり、一人でトップアイドルを目指せる潜在能力と爆発力を持つ甜花さんに比べて、むしろ甘奈さんの方が甜花さんの存在や甜花さんの事が大好きな自分の感情によって抑制されていて、自分がトップに立つという野心はあまり持ち合わせていないのではないかと。これは表面上の依存ではなく、もっと彼女たちの深い部分まで根を張った、一義的に述べる事の出来ないものだ。

・先に述べた甜花さんの持ち合わせている矛盾した魅力と併せて、このアイドルたちと物語を一面的に捉える事は誤りと言っても良く、一見克服されるべき短所に見える要素であっても、人間的な本質の一部には変わりないのだから、それも共に飲み下したうえでのベストを見つけていく事が必要になる。シャニマスとはそういうコンテンツだと思っています。


・本当は、サポートカード「楽園に背く」とアルストロメリアのユニットソング「アルストロメリア」の関連性についての考察もしたかったけど、文章量がさらにこの2.5倍くらいになってしまいそうなので別の機会にしようかな。このカードと曲、本当にすごい。

・以上です。大崎甜花さんを何卒、よろしくお願いします。


おわり



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