老師の明るい悩み相談室vol.1
さて、毎度おなじみ「老師の明るい悩み相談室」の時間じゃ。
みな元気にしとったかの。
今回のお悩みはこうじゃ。
つい先日、ビアガーデンでの飲み会中の出来事です。
お手洗いに立った際、通り道で近くの席から「正直、私はもうきんぴらごぼうしかいらんねん!」
という叫び声が聞こえてきました。
40代ぐらいと思われる女性2人組。
ずいぶん酔って、エキサイトした雰囲気でしたが、
酔ってその言葉を叫ぶ状況って何?
と気になってしまい、
それ以来夜も眠れません。
あれは一体どういう状況だったのでしょうか。
老師、教えてください。
とな。ふむふむ。
なるほど若いうちはわからぬかもしれぬが、これはよくあることじゃ。
おおむね次の4つのケースが考えられるじゃろうな。
①同棲中の彼氏が急に料理に凝り出した。
きんぴらごぼうの彼女はおそらく、ずいぶん歳下、28歳の彼氏と同棲をしておる。
世話好きで経済力のある彼女と、自由で甘え上手の彼。
家事も大半は彼女がやっておるが、
彼がたまに作ってくれる手料理の、不細工なきんぴらごぼう。
将来のふたりの関係に漠然とした不安を抱えながらも、居心地のよい生活が続いておった。
じゃが古今東西、「28歳の彼氏」というものは、突然取り憑かれたように料理に凝りはじめるものじゃ。
もうあとはおわかりじゃな。
5時間煮込んだビーフシチューも、一羽まるまるのローストチキンも、
月に一度も食べれば十分。
居心地のよさをなくした毎日の食卓。
部屋着でねぐせでも食べられた、きんぴらごぼうのような生活は、
ひとたび失われれば、残ったのは胃にもたれる不安と不満ばかりであった。
かくして、酔って愚痴を聞かされる昔からの友人。
「正直、私はもうきんぴらごぼうしかいらんねん!」
そう、あのきんぴらごぼうの生活。
きんぴらごぼうだった彼しかいらんねん……!
というわけじゃな。
うむうむ。わかりみじゃ。
②旦那さんが近所の串カツ屋に激ハマりした。
もう少しシンプルなケースでいくとこうじゃな。
きんぴらごぼうの彼女はおそらく結婚6年目あたり。
旦那さんとの職場の同僚時代からの共通の趣味、食べ歩き飲み歩き。
お付き合いしてからも結婚してからも、
ふたりであれこれ食べ歩き、また夜更けまで飲み歩き。
そうして深めてきた仲だったのじゃが、
古今東西、「食べ歩き趣味の旦那さん」というものは、突然近所の串カツ屋さんに激ハマりするものじゃ。
贔屓の球団の話で大将と意気投合してしまい、決して不味い店ではないのじゃが、
飲食の楽しみそっちのけで通い詰める旦那さん。
自分も付き合って通うも、いつも話は置いてけぼり。
揚げ物も野球の話も、もうお腹いっぱい。
かくして、酔って愚痴を聞かされる昔からの友人。
「正直、私はもうきんぴらごぼうしかいらんねん!」
いつも付き出しで出る、あのきんぴらごぼうしかもういらんねん!
なんの揚げ物も野球の話も!なんやったら旦那も含めていらんねん!
付き出し以下やわ、あんなやつ!
300円でもいらんわ!もう誰か引き取って!
といった具合じゃな。
いや、おそろしい話じゃよ。
くわばらくわばら。
③一周まわった食通ぶりたい年頃だ。
さらにシンプルなケースでいくとこうじゃな。
古今東西、「40代ぐらいの女性」というものは、突然一周まわった食通ぶりたくなるものじゃ。
まして気の許せる古い友人との飲みの席。
多少の失礼もノープロブレム。
SUSHI? テンプラ?コウベビーフ?
ノーノーノー、ユーぅロングね。ぅロング。
「正直、私はもうきんぴらごぼうしかいらんねん!」
そう言ってみたい気持ちもわかる。
じゃが今一度考えてみてほしい。
果たしてそれが本当に食通と言えるかな?
40代。消化器官の元気はたしかに失われつつあるじゃろう。
じゃが、まだわりといけるんじゃないか。
大トロも、穴子天も、サシの入った和牛も。
大量でなければまだギリギリ、心底楽しめるんじゃないか。
食通は旬を楽しむもの。
旬とは季節の話ばかりではない。
人生のシーズンにおける旬をも楽しんでこそ、真の食通と言えよう。
極端な話、若いうちに二郎系ラーメンや焼肉食べ放題なんかを食べあさるのも、
それはそれで食通。
その時その時おいしく感じるものを、しっかりと楽しみきってこその食通じゃ。
仮にもし彼女が40代にして本当にきんぴらごぼうしかいらなくなっていたとしたら、
それはもはや旬を過ぎた、いや、げふんげふん、
えー、一足先に秋を深めた、
ずいぶん味わいの深いご婦人じゃと言えるじゃろうな。うむうむ。味わい味わい。
④本人にもどんな状況かわからない。
最後に、最もシンプルなケースがこれじゃな。
古い友人となごやかに飲み食いしつつ、お話を楽しんでいたのに、突然叫び出した彼女。
一体どうしたのか。友人が尋ねるも、
「えっ、きんぴらごぼう?
そんなこと私言ったっけ?」
「えっ?」
「えっ?」
そう、きんぴらごぼうの彼女は、
きんぴらごぼう好きの宇宙人に身体を乗っ取られておったのじゃな。
人類よりもはるかに高度な文明を持ち、ゆくゆくは地球を侵略すべく偵察に訪れた宇宙人。
最初に出くわした女性の身体を乗っ取り、彼女になりすまして生活しながら、
任務は順調に進行していると思われた。
じゃが古今東西、「地球を侵略しにきた宇宙人」というものは、
突然きんぴらごぼうの、故郷の食べ物にはない穏やかな美味に取り憑かれてしまうものじゃ。
故郷の文明は発達しすぎ、食べ物は科学的に味が完璧に調整されたものばかり。
栄養価も、1日に3口も摂取すればそれで健康を維持するのに十分。
それにひきかえ、この食べ物の不完全さはなんなのか。
まず硬い。味も苦味を甘さと塩辛さでごまかしたような仕上がりで、リッチな旨味に欠ける。
地球人はこれを栄養豊富というが、どう考えても繊維に偏りすぎている。
だがなぜこうも心惹かれるのか。
気づけばきんぴらごぼうのことしか考えられなくなっている。
オーマイグッネス……
イズディス ジ オフクロノアジ……?
我々は、もしかしたら、大きな間違いを犯していたのかもしれない……
完全を求めて進化してきた我々は、おおむねそのすべてを実現しつつある。
しかしこの空しさはなんだ。
この不完全な食べ物に宿る、この豊かさはなんなのだ。
ピー、ピピピピピ。
おっと、母船のモジョル・モジョルモフ司令官から通信のようだ。なになに、
偵察は順調か?進捗を報告せよ?
そういえば私は任務の最中であった。
今もこの女の古い友人らしい人間と、会食しながらデータの収集中。
しかし、もう今となっては任務も故郷の星もどうでもいい。
「正直私はもうきんぴらごぼうしかいらんねん!」
司令官、申し訳ありません!
私はもう、きんぴらごぼうのことしか考えられません!
という状況だったわけじゃ。
まあこれは宇宙人あるある。
非常によくある話じゃな。うむうむ。
と、まあおおかたこの4つのケースのうちどれかじゃろう。
参考になれば幸いじゃ。
これで相談者の若人も、ぐっすり眠れることじゃろう。
ん、なに、なんじゃ弟子よ、
飯の支度ができた?
うむ、ちょうど腹が減ってきたところじゃ。
では今回はこれで失礼しようかの。
みなまた相談があれば気軽によせるのじゃぞ。
ん、司令官? それは誰のことじゃな?
なに、すみません、つい癖で?
まったく。
我が弟子よ、わしにはなんのことかさっぱりわからんが、
今のわしはどこにでもいるただの老師じゃと言っておろう。
まあよい、して、もちろん、
きんぴらごぼうはあるのじゃろうな?
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