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蒼穹と雲海の間で

『この雲の下にはね、きっと楽園が広がっているんだよ』

 都市搭載型超弩級飛行艦《NOA36》艦長アレハンドロ・グラーデが、八つほど年の離れた姉の言葉を思い出す時。それは常に難しい決断を迫られた時である。

 その姉は、彼が15の年に実際に雲の下へと挑み、かつての、そして、それ以降の挑戦者達と同じく行方知れずとなった。五十路に差し掛かったアレハンドロは、職務の重責に圧し潰されそうな時、その楽観的な言の葉を思い出し、子供の時分の甘い感傷に一時的に逃避する。その後、苦い現実と向き合い、受け止めるようになっていた。

 楽園など、どこにもないのだ、と。

「15時方向、距離、1600!艦名特定できました!これはーーー《NOA89》です!」

 伝令士官コナーの上ずる声が聞こえる。

《NOA89》でありますか!NOA型、最後の生き残りの座を賭けての一大決戦でありますな!」

 興奮した様子の砲術士官のジェラルトは、既に戦端を開く気だ。

「回線は、繋がらんのだな?」

 アレハンドロは、敢えて、確認を行った。これからの事態は最早避けようがないのだ、と、艦橋に居る者達、全てに認識させる必要があった。

「肯定です。《NOA89》は第一戦速のまま、突っ込んできます!」

 コナーは食いしばった歯の隙間から、絞り出すような声で応答する。

 無理もない。実戦は初めてなのだ。アレハンドロは己の初陣を、思い出す。あの頃はまだ、この空を多くの飛行艦が飛び交い、しばしば空賊の襲撃もあったものだ。勿論、賊艦を撃ち落とし、部品を奪う事に然程の躊躇いはなかった。己が大義を信じていた。

 しかし、そうやって賊と呼ばれる者達が尽く討ち滅ぼされた後に来たのは、平穏ではなく共食いだった。この空では、浮力を維持するためのウィング、それを回す巨大モーター等の消耗品を手に入れるには、そうするしか無いのだ。

 切れ間なく続く雲の海の下。一度沈めば、もう、戻れない。

【続く】

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