ピンク色魔法使いは今日も溜息を吐く
喧騒に包まれた酒場の空気が変わった。
カウンターに向かって場違いなほどの美女が歩を進めているのだから当然であろう。
腰まで流れる黒髪は鴉の濡羽を思わせる艶やかさ。髪と同色の瞳は鮮烈なまでの意志力を感じさせる鋭さを持ち、国の紋章が付いた桃色のローブはゆったりとしていたが、その下の肢体は豊かなラインを浮かび上がらせている。酒場の、特に粗野な男どもの視線を集めるには充分以上の美女である。
誰かがヒュゥッ、と掠れた口笛を吹くと一斉にそれまで以上の喧騒が戻ってくる。
「へへっ、姉ちゃん。そのローブ、国定魔法師の制服だよなあ?」
カウンター席に収まった美女に早速近くの酔漢が絡み始めるが、女は無視を決め込んでいる。
「その桃色のローブはよお、淫魔と契約した魔法使いの証だろぉ?姉ちゃんじゃなくったって、相棒の淫魔サンにお相手願えねえかなぁ?」
美女はやってられない、とばかりに楚々とした外見からは想像できない程のやさぐれた溜息を吐いた。が。
「ーーーそうね。そんなに言うなら、相手させたげましょうか」
好色そうな笑みが酔漢の顔に広がり、同卓の仲間達と視線を交わす。先を越された他の男達の舌打ちがあちこちから響いた。
「出てきなさい」
一声の後、現れたのは紐のようなもので局部を覆っただけの、まさに淫魔と呼ぶに相応しい存在。彫りの深い顔立ちによく調和した濃い眉。額から伸びる山羊角。少し縮れたプラチナブロンドの頭髪は陽光をたっぷりと浴びた羊毛の柔らかさと絹織物の滑らかさを苦もなく両立させている。ほとんど丸出しの胸は暴力的なまでの大きさを誇っており、視線を下げれば引き締まった下腹部が続き、更にそこから下には腹部とは対照的なほどに豊満な肉が蠱惑的なラインを描いていた。だが。
「ーーーお、男じゃねえーか!」
引きつった声で酔漢が叫ぶと同時。
「ソイツ、相手してやって」
「承った!!」
芸術的なまでの筋肉が躍動し、鋭い拳が酔漢の顎を捉えた!
【続く】
Photo by Pan Da chuan on Unsplash
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