死神の鎌は誰がために
荒く呼吸を乱しながら、石造りの回廊を青年が少女の手を引き、ひた走る。ボロボロの粗末な布地を纏った少女は裸足で、さながら逃亡奴隷と言った風情。対して、青年はところどころ血に汚れてはいるものの、鉄板を当てた革鎧に鋼の長剣、円盾といった良質な装備を身に着けている。
「おい。大丈夫か。まだ走れるよな!?」
少女はどこか不安そうに後ろを振り返る素振りを見せていたが、青年の言葉に反応し必死に頷きを返す。
「よしよし、これでかなりの距離を稼いだはずーーー!?」
だが目前に現れた三叉の分かれ道で、図らずも減速してしまう。
「っと、確か、ええ、どちらから来たんだったかーーー」
足を止め呼吸を鎮めようと試みる少女は幾度目かの後方確認を行いーーー次の瞬間、大きく目を見開いた。
「キ、カカカカ」
「まさか、もう追いついたってのか!?」
佩剣を抜き放ち、青年は盾を構える。壁面の松明から注がれる光源の中に、一匹の異形が進み出た。二本の足、二本の腕、頭は一つ。人類との共通点はその程度か。頭側には大きな複眼、逆三角の頭。細い腕先はギザギザの刃を持つ鎌のように見える。背後にたなびくのは薄羽か。一言で表すならば昆虫人間、である。
「クソッ、こうなったらオレ一人でもーーー!」
振りかぶる長剣が鋭く弧を描き、斬撃が繰り出された。まさに必殺の一撃だろう。
「ーーー!?」
当たりさえすれば。斬撃よりも早く身を沈めた異形は、既に懐の内に踏み込んでいた。残忍な鎌腕は振るわれた後。
「か、ヒュ!?」
喉から鮮血を迸らせ、信じられないようなものを見た、縋るような視線を一度投げかけーーー青年は絶命した。
「ク、クキカ」
喉を鳴らし、異形は少女へ向かう。少女は。
異形の胸に飛び込んだ。
「ありがとう!大丈夫だよ、私は大丈夫」
異形は慈しむように、優しく少女を抱きとめた。しかし。
「おい!今の声!」
「こっちだ!」
ドカドカと新たな闖入者のたてる音が、再び迫ってきていた。
【続く】
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