ダイヤモンドスナイパー
カザシは寒風吹きすさぶビルの屋上で、今朝の出来事に思いを馳せていた。
◇
「すまないね、少年。怪我はなかったかい?」
早朝のランニングロードでカザシは尻もちをついた姿勢のまま固まっていた。
「は、はい。大丈夫ス」
手を借り、起き上がる。現実感が、追いついてこない。
「いや、どうしてか気づけなかった。本当に済まなかった」
「あ、あの!大矢ヒロム選手ですよね!プロ野球選手の!知ってます、俺!今夜の試合がチーム優勝と本塁打王のタイトルがかかった大事な試合だってことも!貴方の本塁打が、音がすごい好きで!貴方が本塁打を打ったときの、あの音を聞くだけで俺は、何でもやれるように思えて!実は俺、今夜も大事な勝負があって、だから試合、聞きながら……あ、すンません。つい、興奮、しちゃって」
そこまで一息に捲し立てていたが、ふと我に返る。
(何を、いきなりペラペラとーーー)
カザシは帽子を目深に被り直し俯く。大矢ヒロムは暫時呆気にとられポカンとした表情を見せていたが、次の瞬間には堪えきれず快活な笑みを溢す。
「いや、そうか。そんなに。ありがとう。それなら尚の事お詫びと何かお礼をーーーいや、そうじゃないか。うん。少年、一つ約束をしよう」
「約束、スか?」
「ああッ!約束だ!今夜の試合、僕は必ず本塁打を打つよ!」
◇
「おい」
”現在”に声を掛けられ、意識が引き戻される。風が止んだ。確かに、頃合いだろう。
息を、止める。イヤホンから、心地良い風切り音が響く。カーン、と澄んだ音。極度の集中が世界を止める。拍動の隙間にパルスを捩じ込み、銃爪を絞る。
右目はスコープ越しに1km先の血華を、左目はミニチュアサイズの標的が倒れ護衛が駆け寄っていく様を捉えた。
「流石だな。さあ、次だ」
観測手に頷き返しながらスマホで確かめる。
勿論ホームラン。
さあ、今夜の標的は、あと3人。
【続く】
Photo by Christopher Campbell on Unsplash
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