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夏をあきらめて

国道17号線をやみくもに南下して皇居を右手に通り過ぎると、15号線に出た。これで海へ行ける。国道はそのまま海岸へのびているはずなのだ。ミンミン蝉が家を出発してからずっとついてきていた。風のない夏の日。アスファルトは灼けるようだった。




高校を卒業してからの浪人生活を、あろうことか半年アルバイトをして過ごした。受験勉強は8月からと決めていて、7月にバイトを辞め宅浪を決めこんだ。予備校に通えばまた友人と遊んでしまうだろう。意志の弱い自分を隔離する必要があったのだ。それでも、バイトで知り合った大学生たちとの楽しい思い出が毎日胸を締め付ける。あ~あ、みんな楽しい夏をすごしているんだろうなあ。




朝からまとわりつくような蝉の声だ。鳴き声が暑さと湿気をよけいに鬱陶しく感じさせる。S予備校の問題集を解いていたが、解けない問題にぶつかり勉強は行き詰っていた。ノートが汗のにじんだ腕にいちいちくっつく。ムシャクシャしてラジオをつけた。
♪んんんんん~ストップッザ しぃずんいんざさああん~ ♪
流れる歌に顔を上げると、窓には真っ青な空が映り赤い屋根の向こうに入道雲が浮かんでいる。頭の中で何かが弾け、一分後には原チャリのアクセルを吹かしていた。



原チャリでどんなにアクセルを吹かしても時速は60キロしかでない。国道15号線を進んでいくと、どんどん周囲の車のスピードがあがり、気づくと20トントレーラーに煽られていた。多分200mぐらい先。そこにキツイ右カーブが待っていた。このまま行ったら、きっとガードレールに突っ込んでしまう。でも減速したらトレーラーに轢かれそうだ。切羽詰まってとっさにコーナー手前の側道へ逃れた。トレーラーはクラクションを鳴らし、目いっぱい幅寄せしてガードレールに火花を飛ばしながら通り過ぎていった。




家を出てからひたすら海へ目指してきたつもりだったが、一向に海岸へでる気配はない。すでに日が傾き暗くなり始めていた。今からさらに進んでも、もう青い海と空はないだろう。まだ潮の香りさえしない。TUBEを恨んだ。なんだよ、あんな曲。舌打ちしても蝉の声がまとわりつく。トレーラーに煽られた怒りと恐怖から逃れた安堵とで、現実に引き戻されていた。ああ、もうコレ絶対試験対策終わんねえよ、チキショウ。来た道を引きかえすのはムカつく。わざわざ別の道へ遠回りして帰路へついた。




19才浪人生。
受験の成否を占うのに重要とされる模試はさんざんな結果におわり、夏は逃げていってしまった。



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