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ハナシを聴け

「いいところへ帰ってきてくれた。寅さん、チョット聞いてくれよ。」

「おう、どうした。タコ。ついにボロ工場も潰れたか。」

「違うんだよ。あけみのことなんだ。」

「なんだ、赤ん坊でもできたか。そりゃあ、めでてえじゃねえか。」

「そうじゃないってば、大変なことになってるんだよ。」

「ええ?ああ?そうか、わかったぞ!そりゃあ大変だ。オレははじめっから、いつかそうなるんじゃねえかと心配していたんだ、そうか、やっぱり別れたか。」

「だからそうじゃないの、ちゃんと聴いてあげてよ、お兄ちゃん!」

「んだよ、なんだってんだよう。もったいつけてねえで、早くいいやがれっつーの。」




キチンとした内容はご容赦願いたい。しかし確か、だいたいこんな感じの会話の流れだったように思う。

映画「男はつらいよ」の一場面である。

寅次郎、タコ社長とさくらのキャラクターが色濃く表現されている名場面のひとつだ。

映画の一場面だと思って観ていると面白いだけだが、山田洋次監督の人間観察の鋭さに驚かされるところでもある。ぼくたちが、普段ついついやってしまうことを見事に、そしてさりげなく表現している。

この場面で寅は、自分の先入観で話を色付けして聞いているのである。先回りし、自分の先入観で予測し、相手が伝えたい話そのものを理解しようとはしていない。ハナから自分の言いたいことを準備しつつ聞いている。




ぼくたちは日々の家族の話を、どうせ、こういう話だろうと先回りしていないだろうか。

話の腰を折り、決めつけ、途中で割って入ってアドバイスなんかしていないだろうか。

職場で部下の報告を、だから言ったじゃないか、と批判していないだろうか。

話を最後まで聞き、裁かず、発する言葉の後ろにどんな思いが込められているのか、本当に伝えたいことは何かを感じようとしているだろうか。




人を理解するのは、むずかしい。

むずかしいが、相手を心から理解できると相互に信頼が生まれ、裁かないコミュニケーションが安心を生み、安心は結果的にスピード感のある意思の疎通を可能にする。

あ、うんの呼吸と云われるヤツだ。

だから、予測せず決めつけず口を挟まず裁かずに話を聴けることは、それだけで大変なスキルなのだ。




「あれ?アレはどこか知ってる?んん~っと。」

いつも使っている愛用のボールペンがない。いつもの場所にない。

まあた、息子が勝手に使っているな?いつも勝手にオレのモノを使うんだから。

「ああ、アレね。こないだ、アナタがリビングの引き出しの2段目に仕舞ってたわよ。」

妻は、ようく話を聴き観察し、感じるスキルが高い。

やさしく寄り添う声が、返って心に刺さる。

「ちゃんと、使ったものは、元に戻せたらいいね。」

「~~~~~~」

恥ずかしき事の数々に、今日もまた、反省の日々を送るのであった。

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