A列車を見送った、ぼくたちと。

「どーも、ご無沙汰してます」
 祖父の七回忌の土曜日に少し遅れて親族控室に入って来た末の弟は、三年前に死んだ兄にずいぶん似てきたと渉(わたる)は内心感じていた。大学に入学したと同時に逃げるように家を出て行った潮が、こうして親族の集まりに和することは珍しいものの、ひとたび顔を見せれば持ち前の人懐こさで彼は如才なく場に溶け込んでいく。潮にとっては非常に不本意なことではあるだろうが、そういう面で彼は父や渉よりもはるかに洋に似ていた。周りから投げかけられる種々の言葉を器用に捌いて、潮は部屋の奥に座る渉に視線をやった。渉は軽く会釈をしたが、横で渉の妻の膝に座っていた彼の息子は、潮に気づくと大きく手を振った。
「ひなくん、でっかくなったな! 俺のこと覚えてんの?」
 潮はぱっと笑顔を浮かべて渉の家族のほうへ歩み寄り、母の膝の上ではしゃぐ陽(ひなた)の頭を撫でた。昨年の洋の三回忌のとき、慌ただしくしていた渉の代わりに自分と遊んでくれた若い叔父のことを、陽は一年近く経ったあとも覚えているようで、舌っ足らずな声が「うっしー」と彼の愛称を呼んだ。
「去年かわいがっていただきましたしね。ひなたは潮さんに会うの楽しみにしていたんですよ」
「おー、ひなくんほんと? それは嬉しいな」
 渉の妻の膝から陽を抱き上げて潮は畳の上に腰を下ろし、「お会いするのは一年ぶりでしたっけ」と首を傾げた彼女のほうを向き直った。
「そうですね。去年の、洋の三回忌以来です。付き合いが悪くてすみません」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ。お元気でした?」
「ええ、おかげさまでなんとかやってます。裕子さんもお忙しいでしょう、渉が迷惑かけてません?」
「ふふ、ちゃんといいお父さんですよ」
「そりゃよかった。ひなくんは、パパとママ好き?」
身を屈めた潮の問いに、陽は真剣な表情を浮かべて大きく首を縦に振った。その動作に吹き出した潮は陽の頭を軽く叩き、横に座っていた渉のほうをちらりと見遣る。潮たちにとって叔母にあたる父の妹との会話を交わし終えた渉は、自分の家族のほうへ体を向け直し、そこで潮と視線が合った。

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