シューズクローゼットに備え付けられた姿見でマスクと前髪を整えながら、今日のスケジュールをざっくりと思い浮かべる。

昨日承諾が出た契約書の処理と支払いの手続きはマストだが、それ以外に急ぎの用はないはずだ。

大丈夫、今日も完璧だ。と心の中で呟き、カバンを覗く。

あ、

一瞬迷って靴を脱ぐ。そして部屋右奥のサイドテーブルに置かれた文庫本を手に取る。

最近本が手元にないと落ち着かないのだ。
通勤や昼休みに必ず読むわけではない、そもそも通勤は徒歩だし、昼休みはスマホを眺めて終わっている。
気が向いた時、数ページ読む程度だから、忘れたところでなんの支障もない。
それでも毎日持ち歩いてしまうのだ。

カッコつけているのだと思う。
皆がスマホに視線を落とす中で、文庫本を持っていると目立つから。

けど、それだけではない。

不安なんだ。
24時間あらゆるものが手に入ること。
車や電車、飛行機でどこへも行けること。
スマホひとつであらゆる娯楽が手に入ること。
それら当たり前になっていることが。

だから本を持つ。
それらが急になくなってしまったとき、余裕な顔をしていたいから。
そんなものがなくても、私は楽しめると思いたいのだ。

だから私は今日も本を持つ。