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ノーベル賞受賞者7名&世界の若手研究者103名と過ごす5日間 日本学術振興会主催 2024年HOPEミーティングの参加記録



【はじめに】
 2月25日~3月2日まで、日本学術振興会主催 HOPEミーテイングという若手研究者の育成プログラムに参加してきました。アフリカ・太平洋・アジア等から選考された若手研究者103名と共に、5日間合宿形式で開催され、ノーベル賞受賞者7名の方々の講演や、受賞者1人に対して私たちは20人ほどのグループで実施された少人数のディスカッションに加え、自分の研究成果を発表する1分間トークやポスターセッションを行い、更に私たちは11チームに分けられグループワークも実施されました。何よりこの企画で驚いたのは、ノーベル賞受賞者の方々とランチやディナーを共にし、ざっくばらんに色々な話をする機会を頂いたり、ポスターをみて頂きながら研究に対するアドバイスも直接もらうことができるという大変贅沢な内容となっており、これから研究者として身を立てていく人たちに希望をもって育って欲しいという思いが込められた研修事業であったことでした。詳細は日本学術振興会のHPにも公開されています↓
https://www.jsps.go.jp/j-hope/hope15/gaiyou.html

 私はHOPEミーテイングは知っていたものの、ずっと気になりながらもプログラムに関する情報があまりなくて応募をずっと躊躇していました。でも、今回は我が子たちの学校のスケジュールを考えるとタイミング的にベストだなと思い応募、ありがたいことに参加させて頂けることとなりました。ノーベル賞受賞者の方々の分野が医学・物理学・化学分野のため、私のような非実験系の研究をしている人にとっては学問分野が重なるわけではなく参加する意味があるのだろうかと少し迷ったものの、秋田県五城目町に移住して毎日リモートワークで研究作業を行い、そろそろ全く違う学問領域の風を感じてみたいと思っていた今日この頃。また今回参加することで、これまでの自分のネットワークとは全く違う領域の人たちとのつながりができるし、将来的に私の住む五城目町に物理・化学・医学分野の最先端の研究をしている人たちを講演などでお呼びできないかな、そうすることで大学がない町でも高等教育の風を感じてもらう機会を提供できるのではないかとも思い参加することにしました。

 今回、このHOPEミーティングの参加については、こちらのnoteに書いて記録として残しておこうと思っています。その理由は2つあり、1つは、HOPEミーティング参加中、実行委員の先生方から「非実験系(いわゆる文系)の人たちも是非積極的に参加して欲しいんですよね。」と何度もお言葉を頂いたことでした。私の学問領域はサステイナビリティ学、今年の非実験系の参加者は103人中、私を含めて3人と言うことで極端に少ないことに驚きました(ちなみに他の2名の参加者の学問領域は精神倫理学・神経心理学)。ノーベル賞受賞者のゲストは化学・物理・医学分野からの構成なので、このような偏りがでるのは自然な流れなのかもしれないのですが、それでも参加してみて必ずしも自分の専門領域と講演内容が重ならなくても大いに参加する価値がありました。
 また、もう1つの理由は、日本学術振興会が実施する本研修事業なのですが、日本人の参加が少ないため、是非もっと積極的に応募して欲しいという声も沢山頂きました(よって今回のこの報告は、日本語の記事にすることにしています)。尚、今回記事を書くにあたって、私からの感想のみだと、日本人・非実験系の視点ばかりになってしまうので記事のバランスを取りたく、同じグループワークのチームになったDr. Sopak Supakul(タイ出身、Ph.D. in Medicine、研究分野:基礎医学研究(iPS細胞由来の神経細胞によるアルツハイマー病治療への応用)・公衆衛生(日本で医療支援を必要とする在日外国人の医療アクセス))にも本研修参加後の振り返りを一緒に行ってもらい、視点のバランスをとるようにしました(Thank you so much, Sopak!)。ですので、今後HOPEミーテイングに参加を検討している皆さんは、是非本記事を参考にしながら応募して頂けたらと思います。

 また、今回の記事を書くにあたって、HOPEミーティングに参加を検討してる方だけでなく、ノーベル賞受賞者ってどういう人なのだろうと(私からの考察というフィルターは通してしまいますが)気になっている人たちへも向けて記事を構成したく、以下二部構成で書いています。一部は「HOPEミーティングを通じて学んだこと」とし、ノーベル賞受賞者の方の講演や直接質問したりお話しさせて頂いたことから学んだこと・感じたことをまとめたもの。二部は「HOPEミーティング参加から考えること」とし、プログラムに参加して学んだこと・感じたことを書いていきます。ですので、ノーベル賞受賞者の人柄や人生の歩みなどに興味がある人は一部のみ、HOPEミーティング参加の雰囲気を感じたい方は二部のみを読むなど、皆さんの興味関心に合わせて記事をつまんで頂ければと思っています。
 本プログラム参加により、私は大いに刺激と勇気をもらいライフチェンジイベントの一つとなりました。日本学術振興会の実行委員の先生方より、自分たちの研究内容について沢山ディスカッション頂き、多くの期待を込めて頂いたことには大きく勇気をもらいましたし、また事務局を担当されていた東武トップツアーズの皆さまの日本が随所に沢山感じられるアクティビティの企画・お食事・コーヒーブレイクに至るまで、全てに心を尽くした企画となっていました。心からのお礼の気持ちもここに記したいと思います。

【一部:HOPEミーテイングを通じて学んだこと】
 7名全ての受賞者の方々の講演やディスカッションでは、どの方からも学びが多かったのですが、ここで全員の内容を記載してしまうと、これからHOPEミーティングに参加する皆さんに全てネタバレしてしまうことになるので(またかなり長文になってしまう予感もあり…)、ここでは特に印象に残ったデイビッド・マックミラン先生(Dr. David W. C. MacMillan)先生について書いてみたいと思います。マックミラン先生は、研究の話の時は真剣なまなざしで語り、ざっくばらんな質問にはユーモア交えて気さくに答え、多くの若手研究者がその人柄に引き込まれました。
 マックミラン先生の生まれはスコットランドのグラスゴー近くの小さな町。町のお写真を拝見して、長閑な雰囲気がどことなく今住んでいる五城目町を彷彿とさせました。マックミラン先生はポスドクはハーバード大学、その後UCLAで助教授もされ、今はプリンストン大学の名誉教授を務めていらっしゃるので、きっと代々アカデミアでご活躍されたご家庭のご出身なのではと勝手に想像していたのですが、ご自身のことをWorking class出身と表現され、大学に子どもが進学することすら思考の外にあった家庭環境の中、お兄さんが一家で初めて大学に進学し、グラスゴー大学物理学部を卒業、これまで家族が得てきた収入や様々なチャンスとは全く違う世界が拓いたことで、自分も同じ大学同じ学部に行くように両親に言われ(!)、ひとまず兄と同じ進路選択をしたところから全てが始まったと話してくださいました(プレゼンが上手で、この時会場から笑いが)。こんな理由から、ひとまず物理学科に進学したもののあまり物理を好きになれず、結局学部変更し化学へ。Ph.D.は(「インターネットがない時代だから、ひたすら手紙をあちこちに送ってポジションを探したんだ。」と話され、18通手紙を出して応募を出したけど返事がなくて、19通の応募でようやく返事があった)カリフォルニア大学アーバイン校で研究を続けます。
 マックミラン先生は小さな有機分子で反応を促進する高性能な有機触媒(Organocatalysis)を開発し、2021年のノーベル化学賞を受賞されています。事前に講演前に色々調べてみたけれど専門外過ぎてなかなかピンとこなかった有機触媒、マックミラン先生のプレゼンテーションはすごく分かりやすくて、一気にイメージで理解ができました。「つまり有機触媒って何かって言うと、今まで遠回りして何かを生成していた工程に対して、有機分子(organic molecule)を使って近道することなんだ」と山登りとトンネルのイメージ映像で説明、しかも有機触媒の利点について「今まで行われていた触媒は金属が使われていたんだけど、それだと廃液に金属が混ざるから環境に負荷がでる。これからはgreen chemistryということは大事。あと、有機触媒は安価だから広く色々な国・業界に使ってもらえるね」とのこと。更に「使ってもらうためにはネーミングをつけて普及させることも大事。だからOrganocatalysisという名前をつけたんだ」とのこと。
 マックミラン先生は、長い間の試行錯誤でブレイクスルーになったのは、金属触媒ではなく有機物で触媒を作ってみようと思ったこと、その際にシンメトリーな化学式ではなくアシンメトリーな化学式でやってみようと思いついたこと、とのことでした。どれも既存の考え方の枠外にでる試みなのだけど、それは一つの研究をマジメにやりすぎていると中々出てこない発想。専門性が深まれば深まるほど、こういうブレイクスルーって出てこなくなりがちなので、研究の中に遊び心やひらめきのための余白って大事だなと思った瞬間でした。

 また、更に素晴らしかったのは、マックミラン先生のご両親は大学に進学したことから自分の子どもたちの未来が拓けたことを強く実感し、スコットランドの他の子どもたちにも教育の機会を与えようとMacMillan Foundationを設立、スコットランドの10代の子供たちで大学に行きたい人に奨学金を出しているとのことだそうです。プレゼン中にマックミラン先生は、「家族全員でEducation is a passport for the world.ということを身をもって体感したんだ。」と語っていました。
 教育が拓く可能性は無限大なんだと改めて思う講演で、それは個々人の可能性を拓くのはもちろんのこと、それに続こうとする若い世代の未来も拓くし、教育者となったマックミラン先生は教える側にもまわるけど、教えられる側にもなり、その教えたり・教えられたりを常にいったりきたりすることで、教育の内容がどんどん進化・深化していく、教育が教育を拓いていく姿も講演から感じました。なので、その後の我々のポスター発表でもマックミラン先生は積極的に質問したりアドバイスをくれたりして、自分の新しいことを知りたいという興味が突出しているのもさることながら、お互い学び合えるんだよ!というメッセージすごかった。そうすると我々ももっと高みへいこうと勇気づけられました。
 大学で学ぶ際、もしくはもっと広い意味で人づくりをする際、何か組織化して教える側である教師の質を確保しようとしがちですが、もちろんそれも重要だけど、忘れていけないのはあらゆる学びの形態を用意してお互い双方向に学び合うことが結局新しいことを発見したり、何かが発展したりするブレイクスルーになると感じさせてもらえたマックミラン先生との時間でした。

【二部:HOPEミーティング参加から考えること】
 マックミラン先生も他のノーベル賞受賞者の皆さんも、共通していたメッセージは「ノーベル賞受賞前も後も、自分自身は何も変わらない。変わったのは自分自身の外にある様々なこと。」と話されていたことでした。それに対し、若手研究者からはディスカッションのリラックスした雰囲気だからこそ正直な質問が飛び、「これだけの大きな賞を受賞すると、研究資金もポジションもネットワークも全てを手に入れた万能感を感じるかと思うし、人生の一つの到達点に至ってしまった後の無力感に苛まれそうな怖さもある、それって実際のところどうなんでしょう…?」という問いかけに対し、受賞者の皆さんはお人柄が現れる回答ばかり頂きました。何人かの先生は、「確かに、研究資金もネットワークも、もちろん以前より得やすくなって、できることの可能性は広がったと思う。でも、自分自身が何に好奇心がかきたてられるのか見失うと、せっかく頂いたこの環境やチャンスを世の中に活かすことはできない。だから、自分自身が何を今追い求めていきたいのか、見つめ続けることが大事。そして、それは今のみんながやっている日々の研究と、何も変わらないよね。」と言われたことでした。研究は物事の真理や未知の事実などを探求していくことだけど、同時に自分自身の中にある真実や声を聞いていくことも大事。この二つを同時並行に探求していくことの大切さを示してもらった気がします。これは資金の取りやすさ・ポジションの得やすさ等で研究内容や研究者人生を決めていくのではなく、ピュアに日々の研究活動の先に現れるはずと信じている発見や理を求めながら、自分を見つめる作業です。
 しかも、この姿勢は、研究者に限らず、人としてどう生きるか。という視点をくれた気がしています。研究に限らず人が何かに没頭する時、それが本人の心の声に従っているなら、ひたすらに真っ直ぐに進んでいけるかと思います。でも、それが世の中に役に立つように求められたり、誰かの助けになったりすることがよいとアドバイスうけたりすると、自分がピュアに追い求めたいものが直接的に世の中に貢献できないかもと思った時、その存在意義を失います。特に最近、五城目町という日本の農山村に住んでいて思うことは、それぞれが個々人の自己を実現していく活動をつくり上げていくことで、個人の活動も周囲の人も地域も豊かになっていき、それが結果的に個人の活動(私の場合は研究活動)も地域も発展していくということなのではないかと思うことです。なので、研究計画書を書く時、いつも応募用紙には社会的インパクトや意義を記載する欄はあるんだけど、それはもちろん留意しながら進めるとしても、そこが直接的な目的にまずはしないことが実は学問の発展で大事なことなのかもしれないと感じます。もっと言うと、学問も人々の生きる目的も、追い求めていくうちに最終的には世のため人のためになるから、社会貢献を最初から自己に無理にあてはめて課すのではなく、まずは自分自身を自由にさせることが大事なのかなと思っています。ちょっと脱線しますが、農山村に住んでいると、また移住者であると、地域のために何かすることを期待されていると感じることが多くあります。もちろんそれは素直に嬉しいし応えていきたいけれど、すぐさま右から左にぱっと期待に応えようとするのではなくて、自分はなぜここにいるのか・ここにあるのか見ていくことで、自分しかできないことが見えてきて、結果もっと広い領域で貢献できることにつながる。学問だけではなく地域における様々な活動において、また人生のすすめ方において、こういう考えかたって大事かもしれないなと思います。
 そして、この思考を鍛えて伸ばし拓いてくれるのが教育で、だからありとあらゆる種類の教育の提供は大事だなと思っています。HOPEミーティングも我々に対する素晴らしい教育機会だし、自分の住む町の様々な教育事業においても、それは全て人づくりにつながり、地域の豊かさにつながっていくのではないかと思います。なので、今は私は研究者という立場をいい意味で活用させてもらいながら、学校教育・生涯学習・カルチャースクール・高等教育など、色々な学びに携わったり教わったりしているけど、それをなるべくシームレスに、いつでも自由に出入りできるように門戸を広く、中身を深く学べるように双方向にしたりオンラインにしたり仕組みを工夫してシステムを整えていくことが総合的な人づくりにつながるのではないかと思ったりしていました。
 また、研究者育成に関連して印象的だったのは、マックミラン先生が研究室に新しい人を入れる時、毎月500名近くの応募者がある中で一番みているのは「この人はpersonal developmentがどれだけできる人か、だね。」と言っていたことです。研究実績も論文実績ももちろん大事だけど、personal developmentがとっても大事という理由は、入る仲間によって研究室の雰囲気が変わるし、それにより日々の研究においてブレイクスルーが沢山生まれるからとのことでした。今回、HOPEミーティングでも11チームに分かれて私たちはグループワークも実施しましたが、チーム内でまさにここのpersonal developmentを鍛えてもらった気がします。また、アイデアがブレイクスルーするきっかけは自分じゃなくて仲間からもらうことが多く、個々の得意とすることが異なることからカバーし合えることも多く、すごくいいpersonal developmentのきっかけももらいました。


Our team at HOPE meeting, TEAM J!

 ノーベル賞受賞者の方々は、結果として偉業を成し遂げて歴史に名を遺す成果を上げているけど、ずっと続けている地道な研究姿勢、強運を引き寄せる力、しなやかに思考を巡らすことができる柔軟さ、果てしなく続く探求心は、今回参加した若手研究者がみんな持っていたと感じています。だから各々の人生の先にノーベル賞があってもなくても、みんな同じように刺激し合い、自分たちのやっている日々の研究の足下を確認し合えたことは何よりの財産でした。そして、学問による社会の発展を一番に信じ、この会合実現のための資金を投じ、プログラムのアレンジは細部にわたるまで心遣いに満ちている日本の高等教育が研究者に込める期待にも感服します。

 また、HOPEミーティングの実行委員長を務められた梶田隆章先生は、5日間のプログラムに最初から最後までいて下さり、我々の様子を見守り、若手と交流し、アドバイスを沢山くださっていました。
 梶田先生がノーベル物理学賞を受賞された2015年。つくばエクスプレス線の柏の葉キャンパス駅前では、「梶田先生、ノーベル物理学賞受賞、おめでとうございます!」の横断幕が沢山飾られ、東京大学の柏の葉キャンパスでもお祝いモードに沸き立ちました。私自身も同じキャンパスに在籍中だったことから、その時の高揚感は今も忘れられません。その時の状況を肌で感じさせて頂いたことを抜きにしても、梶田先生も今回のHOPEミーティングで最も印象に残った先生の一人です。梶田先生はニュートリノ質量の存在を示すニュートリノ振動の発見したスーパーカミオカンデ運営時、230の組織と協力して運営してきました。そして今は大型低温重力波望遠鏡であるKAGURAの運営にアジアを中心に400の組織が協力しています。「科学の発展には人類の協働が欠かせない。だから世界中から研究者を集めて一緒に切磋琢磨しよう。」そういうメッセージを込めてこの機会を主導して下さっている梶田先生の意思を強く感じたHOPEミーティングでした。
 
 まだまだ未知の世界はたくさんあって、一人一人の自由な探求力を集結させていくことによって、きっとずっとよりよい世界をつくることができるはず。そんな思いをあちこちから強く受け取り、前に進む勇気をもらった研修となりました。博士課程在籍中の皆さん、ポスドク採用中の皆さんなど、是非HOPEミーティングに参加してみてくださいませ。

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