おはなしのたのしみ

二人姉弟で、弟とは九つ違い。
だから弟が生まれた時のこともはっきり覚えているし、母の留守の間は私が子守でもあった。
弟が幼稚園くらいまで、夜は本を読んで寝かしつけていた。母が読むこともあったが、後半はたいてい私の役目だった。
母が保育士だったこともあり家には絵本がたくさんあった。時々は私の持っていた本も読んだ。出鱈目にその場で作ったお話を聞かせたこともある。どうせ途中で寝入ってしまうので、顛末とか考えなくてもいいのである。

物語に夢中になると、弟の目はじっと私の顔に注がれる。絵本なら絵を眺めていればいいのに、物語に入り込むと絵本のページから視線を下ろして、本を読む私の口元をじっと見つめる。お気に入りの場面だけは本に目を戻してケラケラ笑って、そしてまた期待して私の顔に目を戻す。「次は?」

あのときの表情が、私が物語をつくる喜びだ。馬鹿みたいだけど、私には他に何も思いつかない。若い頃は理屈めいたことを色々考えたりもしたけど、そんなのは全部格好つけだった。

物語ることで、あの時の弟のような表情をひとに与えることが出来るようになればいいな。それだけを願いながら書いている。


#思い出


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