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きゅーのつれづれ その10

はろいん:

隣のミズノさんはよくおすそ分けを持ってきてくれる。いつも作りすぎてしまうとかで、カレーを鍋に半分とか、ボウルいっぱいの混ぜご飯だとか。
今日は袋いっぱいのお菓子だった。セールで安くなっていたから買いすぎたんだって。
「明日休みだし、お菓子パーティでもしない? ほら、ちょうどはろいんだし」
はろいん、て何だろう。

カオリが袋の中を覗いて、二人はおおいに盛り上がった。取り出してテーブルの上に並べるお菓子はどれもこれもオレンジ色だ。全部出し終えるとミズノさんは、
「せっかくはろいんなんだしさ」と部屋を出ていった。カオリはと言うと、タンスの引き出しを 開けたり閉めたり。そこへ戻ってきたミズノさんは黒のワンピースに着替えて、髪には大きな赤いリボンを巻いていた。悪いけどあんまり似合わない。
「ほうきがあるといいんだけど、ベランダ用の小さいのしかなくて。こっちで代用するわ」と言ってハタキを振ってみせた。
「カオリちゃんは?」
引き戸の陰からカオリが顔を出した。パジャマがわりにしてる黒の丈長Tシャツに、赤のバンダナで髪を結んでいる。まあまあ可愛い。そしてなぜか部屋用のほうきを逆さに握っていた。
はろいん、ってお掃除する日?
「かぶっちゃったね」
二人はくすくす笑って、お菓子のテーブルをはさんで腰を下ろした。掃除を始めるでもなく、コーヒーと紅茶でお菓子をつまみながらお喋りを始める。
「かぼちゃのプリンってけっこうおいしいですね」
「チョコはいまいち」
はろいん、ってお菓子を食べる日なのかな。
考えていると、窓ガラスがトントンと叩かれた。もう一度。トントントン。
カオリとミズノさんはぴたりと話を止め、顔を見合わせた。
「風で何か飛んで来たんじゃない?」
ミズノさんは立ち上がって窓の外を覗いた。僕は、もしかしたらマンボウがまた訪ねて来たのかと思ったけど、窓の外にいたのはマンボウよりずっと小さなやつらだった。ミズノさんが窓を開けると、見慣れないそいつらは風といっしょに部屋に走り込んできて、壁に立てかけてたハタキとほうきでチャンバラを始めた。でも体がとても小さいのでうまく扱えなくて、二匹とも武器ごと床に倒れてしまった。
「風が強いみたいね」ミズノさんは慌てて窓を閉めた。
ほうきの下から這い出た二匹はぴょんぴょん床を跳ねながら、かわるがわる同じ言葉を叫んでいる。

「とりったーとりー」
「とりーたとりー」
鳥がどうしたって?

二匹は高く低くジャンプしながらテーブルに近付くと、ひょいひょいっとテーブルをよじのぼり、カオリたちが食べこぼしたケーキやクッキーのかけらをぱりぱりと食べ始めた。
「ミズノさん、コーヒーのお代わりいります?」
カオリが小さなやつらの真横にカップを置いたけど、二匹は全く動じずに夢中で食べ続けている。
「そうね、どっちかというと日本茶がいいな」
ミズノさんはそう返事してから、うん?と目を細めた。小さく首をかしげたかと思うと、部屋の隅からゴミ箱を持ってきて、床に落ちていたハタキで二匹をゴミ箱に掃き落とした。お菓子のかけらと一緒に。
「どうかしました?」急須を手にカオリがこっちを向くと、
「うん、なんかゴミが」
ミズノさんはゴミ箱を元の場所に戻した。部屋の隅からは、とりーとりー、と二匹のコーラスがずっと聞こえてくる。
あっ、とミズノさんが立ち上がると、またもや部屋を出てすぐ戻ってきた。忙しい人だ。
「これこれ、忘れてた。はろいんだからと思ってランタン作ろうとしたら失敗しちゃってー。いっぱいあるから食べてよ」
そう言ってカオリに渡したのは、かぼちゃの煮物が山盛りの小鉢だった。

はろいん、ってかぼちゃを食べる日?

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