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6/25 かいじゅうの冷凍庫

世界のどこかに今、ある、あるワン・シーンに向けて僕は祈る、発光するように眼をとじる、君の繕うあらゆる拒絶を凌駕するほどきみとの間をあらかじめ満たしておこう、どこを掬っても愛しかないさ。安心して。安心して。たったひとつだよ。僕は錯乱していない。何にも騙されていないさ。この世界を調べ尽くしたってそよ風にさえ傷つくほど冴え渡って君をほんとうにすきだと言える。愛には段階があるんだ。どこかの誰かがとっくの昔にもう活字にして久しいだろうが、僕は字が読めないのだから、世界を詠んだ。たったひとりぼっちで君を見ていて知ったことなら全部ある。まず僕らは僕がここにいていいって知りたかった。きみのからだはおおきく、こころは丈夫に、僕らかいじゅうのアニメをみて、光線を出すシーンでへんな泣き方をしたよね。へんっていうのはへんって言われたからへんってことになったらしいけど知らない涙だ、知らないものをへんとかへんじゃないとか言うほうがへんじゃないか。ってきみは僕に会って初めてそう言って、たぶん陽光を含んだ風がおもったよりも粘膜に染みて、涙をこぼした。泣いていることに気がついてしまったらきみは泣き止むことをはじめてしまうから、僕はもうだれも、なにも、にどと、気がついてしまいませんようにと祈る。観覧車がいちばん上に行くまで何回軋んだ鉄骨はぜんぜん光なんか反射しない剥げたペンキだったけれど、君はあの絵を書くとききっとたくさん白と黄色を使うね。あのビームがすべてを壊したらいいと思ってはじめて心底嬉しがって、すべてを壊せるかもしれないことが何回目かにさみしくて泣いた。だけれど安心して。君に壊せないものはいくらでもある。その宝石を試しに砕いてご覧。君が無視した僕の__だね。視界の外に蹴り飛ばすくらいならちゃんと砕いてばらまいて、さて受け取っていても、放り投げていても、削っていても砕いていても、それがいったいどのくらい細かく散らばっても、どうして美しさが変わらないのだと思う? 
きみはいつも、どうせすべてなくなってしまうと怯えているけれど、いつかなくなるものは、はじめからないんだ。その代わりに、決してなくならないものがこの世界にはあって、本当はそれに気がついているようなところ。そこが、僕の、君のすきなとこ。
 さあペリドットのシャワーを抜けて知らない、知らない街へ行く。きみが失わないと光らないならきみこそすべてを失うよう望む。愛には段階がある。ここにいていいって君が泣いてから僕は人間らしい望みを持った。それは、僕こそが、僕こそが、あなたを助けてあげたいと願うことだった。君の幸福と僕の幸福が同時であったらお得だと思ったんだ。特売品じゃないのにね。だけどあのよく冷えたワゴンで売れ残り同士のシンパシーを抱えていた。きみは自分に何枚特売シールが貼られても気づかないふりで、僕は、そのシールも似合ってかわいいよって言うけれど、その愛は届かずスーパーマーケットの白い床をころがって、もしかしたら、ああいう間抜けさだけがどこまでも歩いて行けたのかもしれないね。セルフレジを抜けてぼくは君が買われていくのを心配そうに見ていた。僕はいつか土に還るだろう、そのときまで翻弄されて生きるだけさ。だけれど君は、さてどんな人がどんなふうに自分を調理しておいしくたべてくれるだろうか、とゆめみている。ううん。どんな人であっても、どんなふうに美味しくなく煮込まれても、食べ残しになって生ゴミ袋に捨てられても、ほんとうに大丈夫というふうに僕は君を見つめていたこと、それが届いていないことを知るまでに、すこしだけ時間がかかってしまった。ごめんね。ドライアイスが袋の中で冷気を放って半透明の薄いビニールをぱんぱんに膨らませている。アイスワールドというすこしすずしくてしろくまの偽物がいる部屋が古い遊園地にあって、そのなかに凍っている薔薇がある、あれもきっと造花だろうけれど、胸に咲いている薔薇とすこし似ているから、似ているってことは伝えたかった。
 愛には段階がある。君は見たことがある? ふたつ目の太陽が波に幸福そうに切り刻まれてゆれる、あの水面にちいさな笹舟をそっと押すような……。まぶしくて、僕は、本当はいつもぼくのほうが救われたいのだ、とついに認める。きみの悲鳴を聞いたことを、ぼくの生きていていい理由にしたかっただけだと、どんな景色もほんとうの景色ならばいつも全部をおしえてくれる。そうだね。幸福のために生きてください。考えて解ることなんて、さっさととうに考え尽くして道を戻らずにずっと行こうよ。もっとなにもない場所で、もっと誰もいない場所で、迷いも寂しさもいつか消える水しぶきのひと粒だとして、そんなものの綺麗さだけほんの少し心に留め置きながらもうとっくに誰もいないこの星で、私でなくなり続ける事自体が私足り得るからだの船で、乱反射にまみれ深く、深く、深く水中、潜水艦の君を見ている。誰も見ていなくなんかないよ。そのステージセットの絵に似ている絵画をいつか見に行こう、陸の端っこにムンク美術館ができた。君がしらない多くのこと、君に似てぼくは好きさ。ちいさなこどもの手を引いていく。君は助けを呼んだことがないのだから、生きていける。僕の鼓膜をやぶって、こんなくそったれの世界をすべてひん剥いて、君はまだ、これまでつけられた傷の全部が痛くて何も言えなくて、叫ばないように濃い麻酔を手放せないだけ、低気圧でまどろむ隙間に、君を怪我させた全部のものをぼくがずたずたに壊してくるから、そんなぼくをたった一発の銃弾で撃ち殺してくれたら、君が要請するハッピーエンドの完成さ。ほんとうになんだっていいんだ。


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