【SS】恋人としての距離感の概算
「あんたたちのところって本当にドライっていうかなんていうか」
そう言われたのは、飲み始めて丁度酔いが回り始めた頃だった。
「そう?」
「そうだよ。だって、その日帰り旅っていうのも一人で行ったんでしょう?」
うん、と頷いてから、ジョッキにわずかに残っていたビールを煽る。冷めた餃子を口の中に放り込んで、やっぱり餃子は熱々なのをハフハフとして食べなきゃ美味しくないなぁ、と痛く実感する。
「だって、仕方ないじゃん。休み合わないんだから」
「だからって……そういうもんなのかなぁ。いつかすれ違っちゃうんじゃない?」
「今の所、結構好調だよ。むしろアツアツ」
「真顔でよくアツアツって言えるね」
すいません、と店員を呼び止めてもういっぱいビールを頼む。
グダを巻く友人の優香は、しらせと同棲をしているその恋人の心配をしているらしかった。なんでも、話に、その同棲している恋人がなかなか出てこないから、らしい。
極め付けは、さっき話題に出した、日帰り旅に一人で行ってきたということだった。そういうのは一緒に行って思い出作るもんじゃないの!? というのだが、首をかしげるばかりのしらせに優香は頭を抱えたのだ。
「これって私がおかしいの?」
「いやぁ。人それぞれじゃない。私はそれでいいと思ってるんだけど。って言うか、あっちに合わせてたら、なんもできないし」
仕方ない。だって、私はシフト制勤務で、あっちはきっちりカレンダー通りの休み。重なることがないわけではないのだけど、そういう時は珍しい。
となると、それぞれの休みはそれぞれで過ごすことになってしまう。
いわゆる、彼女のいう「ドライ」な関係になってしまうらしかった。曰く。それで、何人も別れる恋人を見てきたのだというけれど、しらせ的にはそれぞれの性格もあってなかなかうまくやっていると思う。
「異動願いだしなよ〜」
「今の所気に入ってるんだよ。それに土日は人が多すぎてちょっとうんざりする」
心配してくれるのはありがたいが、よくもまあ、ここまで他人の恋愛事情に一喜一憂できるものだ、とその顔を面白く眺めていた。
「で。その一人旅は面白かったの? 私、一人旅の良さがいまだによく分からないんだけど」
「面白かったよ。まあ優香はひとり苦手だもんね〜」
***
先日行ってきた一人旅はなかなか良かった。
安く仕入れた青春18きっぷで、どんぶらこと一時間半鈍行に揺られていた。やっぱり旅はグリーン車も捨てがたかったが、ボックスシートだ。
都心から離れていくごとに、車内の人が減り、窓からみている景色が明らかに建物から工場、そして畑へと変わっていき、目に見えて民家が減っていく。その移ろいに、旅している実感がじわじわと込み上げてきた。
いつも乗っている地下鉄と比べて駅間も長く、新幹線や特急ほどではないが速度が出てる感じに、非日常を感じていた。
先日発売された好きな歌手のアルバムも丁度それぐらいの再生時間で、イヤホンに耳を傾けて鼻歌まで歌い出しそうなほど、一駅ごとにテンションは上がっていた。
途中、たたんたたん、と規則正しく揺れているものだから、眠気を誘われ、あっという間だった。
そうしてたどり着いたのは、餃子の聖地である宇都宮だった。
そこを選んだのは、大した理由なんてない。都心から少し離れた場所で行ったことがない、というそれだけだった。それに、単純に餃子が好きだった。
有名餃子店をハシゴして、昼からビールで一杯決めるのも悪くはないな、と思いついたのだった。
昼前について、餃子像をとりあえず写真に納め、餃子ストリートへと歩を進める。
新幹線が通る駅というだけあって、いろんな店がひしめき合っていて、駅の規模はそれなりだったが、とにかく餃子だ。
10分ほど歩いて、餃子ストリートへといくと、もうどこもかしこも並んでいる。
がっかりするどころか、それほどまでに美味しいのかと期待が高まって整理券を受け取ってから並ぶと割とあっさりと店の中へ招かれた。
昔ながらの定食屋といった内装で、使い古されているが大事にされているテーブルについて、迷ったものの、焼き餃子と水餃子と地ビールを頼んだ。
威勢の良い店員さんの注文の声が響き渡り、店内は活気に満ち溢れていた。
すぐに来た地ビールはキレというより優しい味で、少しフルーティーで豊かな味わいが鼻に抜けた。折角の地ビールだがやっぱり、餃子にはキレのあるビールがいいか、と思ったけれど、やがて来た餃子を食べると、すっきりとした味わいが意外と合っていてこれもありだな、と舌鼓を打った。
焼き餃子は、カリカリとした焼き目がついていてパリッとしている。その歯応えをはじ割っていると、じゅわりと肉汁が染み出してくる。けれど、肉がたくさんというよりは、白菜だろうか。
しゃくしゃくとした絶妙な歯応えが食べ応えがあって、尚且つ重くなくていくらでも食べられる。
水餃子はといえば、まず箸ではやたらと掴みにくかった。ようやく掴んだそれは、表面は口の中でもつるりとしていて、まるでスープでも食べているかのようにそのまま口の中で弾けてするりと入っていくようで、焼き餃子に比べると歯応えのインパクトに欠けるものの、ジューシーさはこちらの方が上だった。
どちらにも甲乙つけられず箸が進み、ものの15分ほどで平らげてしまったが、なんというかまだ足りない感じがある。
これならハシゴも余裕だ、と勘定をすませ立ち上がった。
雪崩れ込んだ隣の店でも、同じセットを頼んだ。今度はさっきのより大ぶりの餃子で、肉が多めだった。瓶ビールが500円と破格だったため速攻で頼んで、今度はキレのあるそれと楽しんだ。
***
「っていうのを、お腹がはち切れるまでやって、バスで観光名所巡って、また空き容量ができたから、もう一回食べた」
「あんたが話すと楽しそうに聞こえるからすごい。だって、その間、会話ゼロでしょう」
「大切なのは餃子との対話だからね」
「そういうのはいいんだよ」
「まあ、やっぱりさ。一緒にいけたらって思う気持ちはなくもないから、時々写真送ってたよ」
そっか、と優香は納得したように頷いた。
「一緒に行きたいって思うんだ」
「いやぁ。それは違うかな。ひとり、気楽ですし」
「違うんか! うぅん、よく分からない……」
「別口なの。お酒が好きだけど、甘いものも好き、でも一緒に食べない、みたいな? モード切り替えがあるの」
「分かるような、分からないような……」
優香の眉間のシワはますます深くなっていく。理解しなくても適当に流せばいいのに。それがこの友人の長所であり短所でもあった。
「おかげさまで、冷凍庫は餃子だらけですよ」
「あ、お土産は買うんだ」
「そりゃあ、誰かに話すのが一人旅の醍醐味だと思ってるからね」
「でも、しらせ。そういう話をずっとしてるわけ? その付き合ってる人と」
「うん。だって、楽しそうに聞いてるからさ」
「そうなんだ。なんか、安心した」
呆れと安心が入り混じった表情がそこにはあって、なんかごめん、と反射的に謝ってしまった。
「まあ、一緒に居るって分かりやすい愛情表現だけどさ、一緒じゃないからこそ出来ることってあると思うよ。遠距離恋愛している人だっているわけだし」
「私は、遠距離恋愛って別れるもんだと思ってるもん」
「うわー、その認識をまず改めた方がいいと思う」
なんで、こんなに認識が違うのに、こうやって向かい合ってんだろうね、と二人して笑った。
「っていうか、たまに映画について偏った知識で話してるのって」
「あぁ、それ。それこそ、聞き齧った知識だよ。向こうは映画好きだから」
ちなみにしらせは、二時間動けないのは結構な苦痛なのであまり好きではない。でも、本当に? と聞きたくなるぐらい、突拍子もない感想を交えた映画の話を恋人から聞くのを、至上の娯楽にしていた。
「妙に詳しいけど、微妙にズレてると思ってたんだよな〜なるほど」
「納得してくれたようで何より。っていうかズレてんだ」
「ズレてるっていうか誇張表現って感じ」
伝えておくよ、と言うと、いいから一回それを踏まえて観てみなよと言われた。それはそそれで面白いかもしれない。
「なんか話聞いてたら……私も恋人欲しくなった」
「散々言ってたのに」
「だって、思ってたより仲良いしさ〜羨ましい」
「じゃあ。その羨ましい家に私は帰りますよ」
「今日のことも話すんだ」
「もちろん話すよ〜羨ましいって言って貰えたしね」
「言わなきゃよかった」
***
「ただいまー」
「おかえり」
家に帰ると、パタパタと音がして愛しの恋人が玄関まで迎えにきてくれた。
「今日は、友達と飲んでたんだっけ? なんかあった?」
「あのね……」
手を洗う時間ももどかしく。しらせは言葉を紡ぎ始めた。
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