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【報酬未払いで逃げた取締役】中村が中村を追う5話

前回までのあらすじ 別冊ふろくの編集費用は、未払いグループとは別の形で支払われるということで合意した。しかし、予定通りに支払われなかったため、ついに支払督促の申し入れを出したライター中村だったが。

9月25日。
中村と交わした念書の最初の入金日まであと1週間という頃、未払いグループの代表である夏川氏よりLINEに連絡が入った。

「グループの中の一人が支払督促を出したせいで、念書の効力がなくなりました。中村社長が進めていた土地の売却契約が、支払督促のせいで延期となり、私たちへの支払いを拒否しています」というのだ。

私のことだった。誰とは名指しにはしていないが、文面から夏川氏がかなり憤慨していることがわかる。

私は、グループを裏切ったつもりはなかった。支払督促を申し立てたことで「念書が無効になる」とは考えられなかった。私は、ただ確実に中村に支払わせるために追い込みをかけたのだ。

未払いグループに入ったのは間違いだった。私はひとりで誰にもいわずに、支払督促を進めるべきだったのだ。

中村は、私が手続きを進めた支払督促状には回答をよこさず、夏川氏に「念書無効による支払拒否」の連絡を寄越したのである。

中村の主張はこうだ。
「支払督促のせいで口座を差し止められる可能性が高い状況にあるため、土地売却の契約を交わすことができない。新しい口座に変更するためには、再度契約書を作り直さなくてはなけない。このままでは、予定の支払い日に間に合わない」という。

さらに、中村側の弁護士は「念書の無効」を申し立てるという話まで出てきた。

私は、これは中村が9月末に支払えないための嘘だと思った。うまく取り繕っているが、支払督促の申し立てだけでは、口座を差押えることはできないからだ。しかも、回答期限は2週間ある。中村が9月末の支払いを守れば、すべて丸く収まる話だった。

しかし、中村は支払督促状を出すことが「裏切り行為」であり「契約違反」であると主張した。

私は、中村の主張に憤りを覚えた。未払いであることが裏切りであり契約違反なのに、この男は何をいっているのだ? 謝罪こそあれ、負債を抱えた倒産寸前の取締役社長発言とは、とても思えなかった。

私は「9月末に入金が確認できれば、支払督促の取下書を裁判所に提出します」と真っ向勝負した。中村の巧妙な嘘を暴いてやりたかった。

本来、支払督促状は、中村が「支払う」と言った口約束を保障するための手続きで出したものだ。払わらなければ、仮執行宣言を申し立てて口座を差し止められる。

それは、労災など保護のないフリーランスに与えられた、最後の砦。何より、今の私が中村に強いプレッシャーをかけられる唯一の手段だった。

誰も気づいていないのだろうか? そもそも中村がいう土地は本当に実在するのか、本当に売却されるのか。その真相は、誰も知らないのだ。

中村が話していることには、何ひとつ証拠がない。単なる絵空事かもしれないのだ。この状況で、中村の「支払う」という誠意ある言葉だけを信じて、支払われなかったらどうするのだ。私は、夏川氏に懇々と説明した。

しかし、夏川氏は「念書を交わした意味がなくなります。取下書を提出してください。これはグループの総意です」と私に取下げを命じた。せっかくこちらに分がある状況を作ったというのに、なぜ取下げなければいけないのか?

中村のいう、弁護士うんぬんの話も嘘だと思った。「中村の弁護士を通して、支払督促の回答をするように伝えて欲しい」と、私は夏川氏に再度頼んだ。本当に中村側に弁護士がついているならば、こんな応対をしてくるはずはないからだ。

しかし、夏川氏は取り次いではくれなかった。約2時間夏川氏と話し合ったが、支払い日が差し迫っているため、私は仕方なく「取下書」を翌日9月26日に提出。支払督促は即日、取下げとなった。

最後の砦を自らの手で壊すことになるとは思ってもみなかった。そして、支払い予定の9月30日に未払い金が支払われることはなかった



グレーゾーンの知的障害者の家族のコミュニティや生活のあり方などをもっと広めたいと思っています。人にいえずに悩んでいる「言葉にしたい人」「不安」を吐き出せるような場所を作りたいです