見出し画像

その美容室には通わない

美容室を選ぶ時、皆様は何を基準とされているだろうか?
腕か価格か。
または自宅からの距離。
店の雰囲気、担当との相性?

これまで、私は転勤族であるがゆえ、長年美容室ジプシーだった。
気に入ったところが見つかって、穏やかに過ごしていると転勤。
ガッテム。美容院・歯医者・病院を探して旅に出る。

10年以上前だろうか、その頃も私は美容室ジプシーで、クーポン初回限定20%オフのお店を回っては「ここじゃない…」と項垂れていた。

その時もそうだ。
「ここは私の通うお店になるのだろうか」
期待と不安を胸に、おしゃれな外観にビビってなんかないぞという顔で入店した。
店長と思われる40代後半ぐらいの男性がにこやかに私を迎えてくれる。
あう。女性が担当してくれる方がよりリラックスできるタイプなの。
とは言い出せなかった。
何せ10年以上前、私は今よりもうちょっと控えめに生きていた。

その日、私はパーマをどうしてもかけたかった。
なぜ、初めてのお店でパーマを当てるんだ。
何せ10年以上前、私は今よりもうちょっと当てずっぽうに生きていた。

店長(らしき人)は、ごく軽いトークをする人だった。
さすが、初めましての距離感を心得ている。
私からスタイリングの方向を聞くと、穏やかに微笑んで見せた。
お、なかなかいい店かもしれない。
そう思った矢先だった。

「じゃ、これ、お願いね」
パーマを当てるロッドを何ミリにするとか、この辺からこの辺までこんな風に巻いていくとかいう指示を、アシスタントの若い男の子に伝えると、店長はその場を離れるように会釈をした。
アシスタントは髪の毛の先っちょを紫に染めている若者で「ウィッス!」と元気に答えてみせた。

パーマをかけるぞという意気込みで来ているのだ、長丁場になることは覚悟の上である。
だから、紫ヘアーの若者が私に話しかけてきた時も、それがたとえ、私の日常では絶対に触れ合わないであろう相手でも、動じることは無かった。

「最近どっすか?」

分かっている。
美容師さんは美容師さんなりに、お客さんとの会話を盛り上げるために日々尽力している。
それが初対面だからこそ、会話のきっかけを掴もうとしてくれているのだ。
私は、そこそこ頑張れるタイプなんだ、いやむしろ、ちょっとサービスしてしまう勢いすら持ち合わせている。

「最近…あ、最近でもないけど、こないだ骨折したんですよ」

自分で言うのもなんだが、なかなかいい前振りだったと思う。
「え、なんでっすか?」
「それがねー」
「わー、そりゃ大変したねー」

こういう流れになるはずだ。
結果、足も良くなってるし、お互い気をつけて生きていこうぜ!みたいになる、もはや予定調和の会話を頭で思い描いていた。

しかし、紫くんはこう返してきた。
「わ!俺も骨折したんですよー!事故ったんですけどね?」

いや、まず客の話から聞こうじゃないか。

正直、今日出会った人の怪我の話とか興味ない。
だから君が私の骨折に興味ないのも重々分かるんだが、先に君が聞いてきたんじゃないか。

とは言えなかったから「え、事故って、どうしたんですか?」
私は、私の骨折の話なんて最初から無かった体で聞き返した。

すると彼は、嬉々として、車の衝突事故の話をし始めた。
当時の事故がどれほど酷いもので、骨折だけで済んだことがいかに奇跡的なことかを聞かせ、ニュースにもなったんだとどんどん興奮度が高まっている。
生き残った俺、神様に選ばれし美容師とか言い出しそうだった。
「過酷なリハビリの末、感覚を取り戻した黄金の右手」と言わんばかりに腕まくりをして、当時の傷跡も見せてきた。
武勇伝、武勇伝、武勇伝伝デデンデン。
脳内に音楽が鳴り響く。

いや、腕見せんでいいから、早く髪を巻いてくれ。
そんなことを思いながら、大人の私は、さも痛そうですねの表情をして
「それぐらいの怪我で済んで、不幸中の幸いだったんですね」
見事なエンディングへの誘いである。

しかし紫くんは、ふと手を止めて、急に笑顔を消して言い放った。
「いやそれが、一緒に乗ってたやつは死んじゃったんです」
…し……?

お前、重すぎるだろうそれは。

私は言葉を失った。

首にタオルを巻かれ、頭はカーラーで大仏様みたいになっているというのに
「え…、なんかごめんなさい…」と眉根を寄せ、私もグッとシリアスな顔になる。

紫くんは続ける。
「俺も、まだショックで。まぁ自爆だったんで、誰も責められないっつーか…」

いやまず、謝った私の言葉を受け入れろ。
話題振った私が悪者みたいになってっから。

もう、こっちは涙目である。
お前たち仲間の説明とか本当いらん。
悪かったよ、私が骨折の話題なんて出さなきゃ良かったんだ。

私は、担当の美容師さんが戻ってくるのを心の底から願った。
この紫チェンジしてくれ。

しかし紫は、完全に悲劇の只中にいる様子で、大きくため息までつく。
お前、さっきまで傷痕見せてドヤ顔しとったじゃないか。
あっちゃんかっこいーカッキーン!の顔つきだったのを忘れてないぞ。
言っとくけど、私は絶対、お前みたいなやつと友達にならないからな。

そこへ、ようやく担当が戻ってきた。
「また俺、あん時の話しちゃって、なんかすんません!へへ」
紫はそう言って雑用に戻って行った。

空気は結構重い。
店長、君ならこの空気をどうにかできるはずだ、どうにかしてくれ。
すると店長がニッコリ私に微笑んで言った。

「あいつ大変だったんですよー、仕事も長く休まなきゃなんなくて。だから、こうやって人に話すことで癒されてんのかなって」

めちゃくちゃ寛大な店長感出してきた。
いや。癒されに来てるの私だからね?
なぜ、初めて入った店の美容師を私が癒さなければならないの。
中途半端に命の話題振って、癒しとか言ってんなよ?
万が一私が大切な人を直近で亡くしてたら、心の炎上案件、手書き日記に書き込みまくってやるからな。


私は、鏡越しに焦点の合わない薄ら笑いを浮かべて時間が過ぎ去るのを待った。
仕上がったパーマは思いの外良い仕上がりで、店長が「おおー!いい感じっすねぇ!」といい、紫も似合ってますよ!と最初のテンションに戻って言った。
しかし、もう2度と私があの店に行くことはなかった。
あの時、私はハッキリ誓ったのだ。
とにかく、会話の相性が良い店だ。腕前なんてもはや二の次でいい。

そのパーマが、友人にとても良い評判だったことが余計に私を苛立たせた。
くそう。いっそ下手くそであったなら、評判を落としてやれるのに(炎上)。

大阪に来てからの美容師さんは、今までで一番安心している。
程良い距離感でのトーク、雑誌に目をやった時の放置感、そしてお気に入りのヘアスタイルを維持。最高。どうか一生美容師さんを続けてほしい。
「白髪が増えたの!」
そんなことを話しながら、私は時々、美容室ジプシーだった頃を思い出す。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?