あの日一度散った私たちは最強になった、かもしれない。
「ケツメイシがお好きでしたら『さくら』流しませんか?」
ウェデングプランナーさんが言った一言に、私たち夫婦は顔を見合わせる。
17年前の5月、およそ2年の社内恋愛を経て、私たちは結婚式を挙げた。
そう、あの日、人生で最良であると謳われるあの日、私たちの結婚式では、ウェディングプランナーのそのひと言で、ヒュルリラヒュルリラとさくらが舞い散ることとなる。
結婚式の遡って数ヶ月前、入場からケーキ入刀、キャンドルサービス、お色直しの入退場、両親への手紙に至るまで、BGMを考えてきてほしいという宿題が出された。
昔から憧れだった曲、有名な曲、友人が流していて感動した曲、2人の思い出の曲など、私たち2人の知識や経験を総動員させて、なんとかプレイリストを作成する。
それにしたって、趣味の違う私たちは、揉めに揉めた。
夫が尾崎豊が好きすぎる。
オーマイリトルガールとかさ、初夏の結婚式に凍えてんじゃないよって話だし、アイラブユーとか、捨て猫みたいな2人になってちゃダメだと思う。
それで私は、ゼクシィのCMで使われた「パパパパーン」の曲であるとか、当時流行っていた洋楽などを選んで夫を無視して無難に進めることにした。
ただ一曲、ケツメイシの「幸せをありがとう」これだけは絶対使うと決めて。
そうして、ようやく完成したプレイリストをウェディングプランナーさんに持って行った日である。
キャンドルサービスには、ビートルズのAll you need is Loveを流してほしかった。
しかし、プランナーさん曰く「あれは盛り上がりに欠けるんですよ」
ええーそうなのー?
私はあのイントロで厳かにキャンドルに火を灯したいんだけども。
と思ったがプロがそういうし、疲労困憊していて言えなかった。
私たちはその頃、茨城に住んでいたのだが、会社関係や、夫の大学や県外からの親族が多いことも考えて、東京で式を上げることになっていた。
茨城県から東京へ複数回の打ち合わせと、連日の残業、あの頃、まさしく忙殺されていた私たちは、完全に決断力を欠いている状態で、今から、違う曲を考える余力は全くと言っていいほど無い。
「あの歌詞って確か、別れとか、散るとか言ってた気がするんですけど…」
「それなら大丈夫です!歌詞は流しませんので!『さくら』はイントロが素敵でしょう、お衣装にも合うと思うんです!」
肌をツヤツヤさせながら言うプランナーさんの顔には「お任せください!」そう書いてあった、ような気がした。
そして迎えた結婚式当日。
新郎である夫は、私より高く通る声で「はい!誓います!」と病める時も健やかなる時も私を愛し抜くと誓い、私は、緊張による低音ボイスで「はい…誓います」と、イヤイヤ誓うみたいな図式が出来上がってしまって、ちょっと笑いを誘った。
友人挨拶では、まっつんがお団子ヘアーで登場し、半ベソでハンカチを鼻に当てたまま早口で喋っていて完全に黒柳徹子になっていた。
笑いが止まらなくなってお腹を抱えていたら「ちょっと!とき子、なんで私の手紙に泣いてないの!?」とマイク越しに怒ってきて、笑いを誘った。
そうして和やかに式は進み、「新郎新婦による、キャンドルサービスです!」
司会がそういうと、私たちは手に手をとって、各テーブルにキャンドルを灯し始める。
「キレイよ」人生でもう2度と無いであろう賛美の言葉を浴び「幸せになれよ!」と祝福され、「晴れの日とは、まさにこんな日をいうんだわ」と心底幸せを噛み締めながら、各テーブルに感謝を込めてキャンドルの火を灯してまわった。
BGMにケツメイシの「幸せをありがとう」が流れる。
全テーブルにキャンドルを灯し終えると、舞台にはタワーのようなキャンドルが用意されており、最後はそこに火を灯す。
式場は暗転し、BGMで雰囲気は一気に盛り上がる。
チャーンチャララ〜チャーチャーチャーチャー♪(知ってる人は口ずさもう)
ケツメイシのさくらのイントロが流れ始まる。
なるほど、確かにイントロは雰囲気がある、かもしれない。
・・・!!!!
おい!!歌詞流れてんぞ!!!
私はここで激しく動揺するが司会は言う。
「はい!皆さん、シャッターチャンスでーす!!前へどうぞー!」
君、いなくなってる。
別れ、交わしちゃってる。
さっき、永遠の誓い交わしたとこなんですけど。
今、みんなが撮ってる写真が、
「こんなに幸せそうだったのにねぇ」と悲しみを持って見返している映像となって頭に浮かぶ。
降るようなシャッター音と、さくら舞い散るソングを聴きながら、念のため満面の笑顔を繰り出しつつ心で号泣。
おい待て、話と違うじゃないかーーーー!!!
恐る恐る新郎を見る。
怒りに震えていたらどうしよう…!
そこには、満面の笑顔で、言われるがままに私の肩を抱く新郎。
「大丈夫だ!」肩から伝わる彼の手の温度がそう言っている、気がした。
うん、私も、今は気にしないことにしよう!この雰囲気を楽しもう!
2人で乗り越えるのだ。
散るのなら咲かせてみせよう幾度でも!!(とき子心の俳句)
私は、もう一度キャンドルを握る手に力を込めて
「どんな困難も2人で乗り越える」そう誓い直した、かもしれない。
そうして、無事式を終えて「さくら、フルコーラス流すのひどくない!?」
と新郎と怒りを分かち合おうとした。
しかし新郎は、満足気な顔でこういった。
「そんな曲流したっけ?」
2人で乗り越えたんじゃない。
そもそもこの曲を選んだことも、それが式場で流れていたことも覚えていない新郎がそこにいた。
困難は、共に乗り越えるものではない。
困難が困難であると気づかないこと、それこそが最強なのではないか。
私はこの時「この人と歩いていって間違いない」と心底そう思った。かもしれない。
そして、あの日から今に至るまで、困難、或いはあれやこれやのいざこざ。
私たちはその半分も気づかないまま、呑気に毎日を送っているような気がするのである。
ヒュルリーラ。
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